犬の鳴き声で「病気になった」、飼い主は「関係なし」…裁判所の判断は

関西の議論

 「犬の鳴き声がうるさくて体調不良になった」。こんな「ご近所トラブル」が争われた裁判が大阪地裁であった。大阪府内の50代の女性と80代の母親が飼い主らを相手取り、治療費や慰謝料など計約770万円の損害賠償を請求。飼い主らは「犬はきちんとしつけている」「家の壁を厚くするリフォーム工事もした」などと述べ、鳴き声は「通常の生活音の範囲内」として体調不良との因果関係はないと反論した。ご近所の犬の鳴き声は我慢できる程度のものなのか、犬の鳴き声で果たして体調不良にまでなってしまうのか。数々の疑問に対する裁判所の答えは-。

「頭を殴られたようにうるさい」

 判決や訴訟記録から経緯をたどる。

 現場は大阪府北部の住宅街。翻訳やエッセー本の執筆が仕事の女性は、2階建て住宅の実家で両親と暮らしていた。

 平成22年、女性は隣の家や近くの家で飼われている犬の鳴き声をうるさいと感じ始めるようになった。鳴き声の“発生源”とされたのは隣のAさん宅で飼われている室内犬2匹と、女性宅から西約40メートルのBさん宅で飼われている犬1匹だった。

 女性の訴えによると、犬はほえだしたら30分間ほえっぱなしのときもあり、「頭を殴られるようなうるささを感じた」。女性は実家2階を仕事場にしていたが、鳴き声で集中できないことがあり、図書館で仕事をするようにもなったとして、女性の母親がAさんとBさんに配慮を求めた。

しつけ教室に防音工事も

 「おとなしい性格のはずだけど…」。こう思いはしたが、Aさんは要望に応じて対策を講じた。

 ほえるとセンサーが反応し、首輪から犬が嫌がる香りが噴霧される「ほえ声防止機器」を使ったり、しつけ教室に通ったり。家の防音効果を高めるため、隣と接した部屋の窓を二重にし、壁を厚くするリフォーム工事も実施した。

 Bさんも女性の苦情には疑問を抱いた。そもそも女性宅とは約40メートル離れているし、犬を庭に出している時間も限られている。「なぜうるさいといわれるのだろうか」。それでも、犬がほえたときにはすぐ注意するようにしたほか、通行人を見たためにほえてしまうことがないよう、庭に高い柵を設置した。

 しかし、女性はますます犬の鳴き声に対して敏感になり、体に不調を来すようになったという。

「音過敏症」と診断

 女性の主張によると、平成23年秋ごろから、犬の鳴き声を聞くと血圧が上がるため、血圧をコントロールする薬を服用するように。同年10月下旬には、心療内科を受診。自律神経失調症と診断され、過敏となった神経を和らげる薬を処方してもらった。

 女性は当時の体調についてこう述べている。

 「犬の声が聞こえるたびに全身に針が突き刺さるような苦痛を感じるほどになった。わが家にいること自体が恐怖となった」

 女性は犬と少しでも遠ざかろうと別にマンションを借り、24年2月には完全に引っ越した。だが、症状は収まらず、体育館で合気道をする少年たちのかけ声を聞くのも気持ち悪くなるようになった。

 25年に病院を受診し、「音過敏症」と診断された。聴覚が敏感になり、ささいな音が通常より大きく聞こえたり、頭や耳に響いたりした結果、いらいらしたりパニックになったりするという。

 また、女性の母親も27年、ストレス性の十二指腸潰瘍で約1週間入院した。

「迷惑ではない」署名も集め

 こうしたことを受け、女性と母親は同年8月、AさんとBさんに対し、約770万円の損害賠償を求める訴訟を大阪地裁に起こした。音過敏症や十二指腸潰瘍の発症は犬の鳴き声のせいだとし、AさんとBさんは飼い犬にほえる癖がつかないよう飼育すべき注意義務に違反したなどとして、治療費や慰謝料などの支払いを求めたのだ。

 これに対し、Aさんは、自宅のリフォームを行い、十分な防音対策を取っていたと指摘。そのうえで「仮に犬の鳴き声が室外にもれていたとしても、通常の生活音として当然に想定されている範囲内だ」と訴えた。

 また、Bさんも「これまで誰からも犬の飼い方や鳴き声について苦情を受けたことはなかった。問題なく適切に飼っている」と反論した。

 さらにAさん、Bさん側は、ほかの近隣住民約30人から「飼い犬の鳴き声は迷惑ではない」とする署名も集めた。

「むしろトラブルが苦痛で体調不良に」

 鋭く対立するご近所同士。判決はまず、犬の鳴き声が我慢すべき程度だったかどうかを検討した。

 Aさん方の犬については、来客があるときなどに「一定程度の音量でほえていた」が、それは「日中の比較的短時間にとどまっていたと考えられる」と判断。近所の住民が鳴き声によって日常生活に大きな影響を受けていたとは考え難いとした。

 また、Bさん家族の犬についても「ほえていたのは日中の比較的短時間」と認定。女性らの家とBさん宅は約40メートル離れている上、他の近所の住民が苦情を述べたことはなく、「(鳴き声が)受忍限度を超えていたと認めることは困難」と判断した。

 次は2人の体調不良だ。

 女性の音過敏症については「音という物理的な要因だけでなく、心理的な要因が大きく関わっている。犬の鳴き声だけに起因するものはいえない」と指摘。

 母親の十二指腸潰瘍については、母親がつけていた日記などから「犬の鳴き声に悩まされていたというよりは、むしろ音に過敏になった女性の様子や、これまで関係が良好だった隣の家との紛争で苦痛を感じていたことがうかがわれる」とした。

 結局、犬の鳴き声と2人の体調不良の因果関係は認められず、地裁は2人の請求を棄却。女性と母親は判決を不服として控訴したが、大阪高裁判決も1審同様、女性と母親側の訴えを退け控訴を棄却。判決は確定した。

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