“視聴率請負人”が挑む映画…「祈りの幕が下りる時」 福澤克雄監督

銀幕裏の声
福澤克雄監督を指名したのは主演の阿部寛だった (C)2018 映画「祈りの幕が下りる時」製作委員会

 いま“最も視聴率を稼ぐ男”と呼ばれるドラマ演出家が監督を務めた映画「祈りの幕が下りる時」が全国で公開されている。視聴率50パーセントを叩(たた)き出したドラマ「半沢直樹」や「下町ロケット」、「陸王」などを手掛けたTBSのドラマ制作部に所属する福澤克雄監督。「もともと私は映画監督志望だったんです。でも両方やってみて分かりました。作品によってドラマ向き、映画向きがあり、ケース・バイ・ケースで作り分けるべき。私は両方続けていきたい」。果たしてヒットの方程式はあるのか? “視聴率請負人”に映像作りの極意を聞いた。

 (戸津井康之)

師の教えで撮った傑作

 公開中の「祈りの幕が下りる時」は作家、東野圭吾の小説を原作に、平成22年から8年間続いた人気ミステリードラマ「新参者」シリーズの最終章となる劇場版だ。

 主人公は、阿部寛演じる日本橋署のベテラン刑事、加賀恭一郎。今回の完結編では、なぜ、加賀が日本橋署の“新参者”となったのか-というシリーズ最大の謎が明かされる。

 《東京・葛飾のアパートで女性の絞殺死体が発見される。被害者は滋賀県在住の押谷道子。アパートの住人、越川睦夫も行方不明になっていた。捜査線上に浮かんできたのは舞台演出家の浅居博美(松嶋菜々子)。加賀(阿部)は捜査を進めるうちに、幼い頃に失踪した母がこの事件に関連していることに気付く…》

 今作のロケ地は東京、滋賀県など全国各地、広範囲に及んだ。

 「ロケの候補地は全国に広がりましたが、自分の足で歩いて探しました」と福澤監督は語る。

 この“足で稼げ”は、福澤監督が尊敬するある脚本家の教えに従い、ドラマ作りでも実践してきたことだという。

 その脚本家の名は橋本忍。黒澤明監督とともに映画「羅生門」「七人の侍」「隠し砦の三悪人」など数々の傑作映画の脚本を手掛けた名匠だ。

「足で稼げ!」を実践

 ドラマ演出家の福澤監督が初めて映画監督を務めたのは平成20年。作品は、第二次世界大戦で人生を翻弄された元日本陸軍兵を描いた「私は貝になりたい」。橋本が脚本、監督を務め、昭和34年に公開された同名作品のリメークで、橋本自らが改訂した脚本が使われている。

 「このとき橋本さんに会って映画作りについていろろと教えてもらいました。『ロケ地は自分の足で歩いて探せ』も実はその教えの一つなんですよ」と福澤は語る。

 今作でもその教えが生かされている。劇中、強い風が吹き付ける滋賀県の琵琶湖畔を、幼い娘と父がさまようように歩くカットがある。福澤監督自ら日本各地を歩いて探し出し、選んだロケ地で撮影された。49年公開の野村芳太郎監督の傑作「砂の器」を彷彿(ほうふつ)とさせるシーンだ。

 その感想を福澤監督に伝えると、「私の大好きな映画なんですよ」とうれしそうに笑った。

 「砂の器」は橋本と山田洋次監督の共同脚本。福澤監督は演出家として、平成16年に、中居正広主演でドラマ版を手掛けている。

 「脚本は1人ではなく、共同で書く方がいい-ということも橋本さんから教わりました」と福澤監督は言う。

ドラマ演出で頭角表す

 福澤監督は昭和39年、東京都生まれ。福澤諭吉の「やしゃご」(孫の孫)。約190センチの長身で、学生時代はラグビー選手として活躍し、慶応高校時代、日本代表に選ばれた。慶応大時代には上田昭夫監督の下、社会人王者のトヨタを破って“ラグビー日本一”を果たしている。

 「ずっと映画監督に憧れていましたが、就職当時、監督採用をしている映画会社などありませんでしたからね」と、大手メーカーを経て現TBSへ転職。ドラマ制作部へ配属され、演出家として頭角を現す。

 山崎豊子原作、木村拓哉主演の「華麗なる一族」(平成19年)、高視聴率で社会現象を巻き起こした、池井戸潤原作、堺雅人主演の「半沢直樹」(25年)、同じく池井戸原作、阿部主演の「下町ロケット」(27年)、そして昨年話題をさらった池井戸原作、役所広司主演の「陸王」と、立て続けにヒットドラマを連発。現在、テレビ界で最も視聴率を稼ぐ演出家の栄誉をほしいままにしている。

名優からの監督依頼

 ヒットドラマをコンスタントに手掛けてきたため、映画監督を務めるのは久々だ。映画の撮影現場でメガホンを執るのは、「私は貝になりたい」以来、約10年ぶりとなる。

 「ドラマ『下町ロケット』で一緒に仕事をした阿部さんから、“ぜひ監督をお願いできませんか”と呼ばれ、今回の『祈り~』を監督することになったんですよ」と福澤監督は打ち明けた。

 先月27日に封切られたばばかりの「祈り~」だが、実は映画が完成したのは昨年の年末ぎりぎりだった。

 それには大きな理由がある。昨年10月に放送がスタートし、12月24日に最終回が放送された「陸王」とほぼ製作時期が重なっていたためだ。「実はドラマと映画の両作で、製作スタッフも重なっていたので大変でした。それぞれ編集が終わったのは放送、公開日ぎりぎりになってしまいました…」

 まさに“売れっ子演出家”であるがゆえの悩みに耐えながらの多忙な日々が続く。だが、福澤監督がTBSのエース演出家になるまでの道のりは決して平坦(へいたん)ではなかった。

難産の末のヒットドラマ

 驚異の視聴率を獲得した「半沢直樹」のドラマ化の企画が、当初、局幹部の猛反対で制作が難航した話を知る人はどれだけいるだろうか。

 「日曜日のゴールデンタイムに、誰が銀行員の地味な話を見るのか?」というのが局幹部たちの反対の理由だった。

 だが、福澤監督はあきらめなかった。そのための“作戦”も考えていた。

 「連続ドラマはワンクール(3カ月)全11~12話が普通ですが、半沢ではあえてこの年の7~9月の放送枠を狙いました。このクールは世界陸上などの特番があり2回分放送が少ない。つまり制作側やスポンサーにとって人気のないクール。あえてこの時期を選んで企画を挙げたんです」

 福澤監督の狙いは当たり、“作戦通り”に何とか放送枠を確保し、ドラマ化が決定したのだ。

 「いったい誰が見るのか」という当初の“局幹部の予想”を大きく裏切り、初回放送から全国の視聴者の心をわしづかみにし、「倍返しだ!」の名台詞とともにテレビドラマ史に「半沢直樹」の名は刻まれる。

テーマは働く者の誇り

 「働く人たちに誇りや自信を取り戻してほしい。日本人にもっと元気になってほしい…。そんな思いでドラマや映画を作っていきたいんです。『半沢直樹』の映画化? ぜひやりたいですね」と福澤監督は笑った。

 ドラマ演出に映画監督。ハードスケジュールは続くが、撮影現場で苦しいと思ったことはないという。「人生において学生時代のラグビーの練習ほど苦しかった経験はない。いまだに夏合宿の夢を見ますからね」

 最後に「ドラマや映画作りにおいて、ヒットの方程式はあるのか?」と聞くと、「そんなものはありませんよ。作る度に悩んでいます」と即答し、豪快に笑い飛ばした。