平昌五輪開幕前日に軍事パレード 韓国は北の〝お姫様〟優遇、試合より政治アピール先行 FBIは対テロ要員投入

軍事ワールド
韓国北東部の江陵へ到着した北朝鮮の玄松月氏(手前左)、奥は平昌冬季五輪のマスコット=21日(共同)

 2月9日に韓国で開幕する平昌冬季五輪を前に、朝鮮半島の政治情勢は混沌としてきた。北朝鮮は韓国で開催される五輪関連イベントの下調べに元アイドル歌手の玄松月(ヒョン・ソンウォル)氏を派遣。韓国は玄氏を“お姫様”扱いし、北の要請を受けて取材を統制、検閲まがいの行為で現地マスコミの反感を買うなど政府の弱腰や従北とも見える姿勢が批判されている。五輪前日には北朝鮮が弾道ミサイルを並べ軍事パレードを行う可能性も急浮上しており、選手も試合もそっちのけの「政治アピール五輪」となりそうだ。(岡田敏彦)

 平壌オリンピック

 現地紙の中央日報(電子版)は今月22日、韓国国会議員会館での会合で韓国与党「共に民主党」の金太年(キム・テニョン)政策委議長が「地球村祭りである冬季オリンピック(五輪)が来月、平壌(ピョンヤン)で開かれる」と述べたと報道した。平壌は北朝鮮の首都で、五輪が行われるのは平昌(ピョンチャン)。一字違いで大違いだ。隣の議員に「平昌(ピョンチャン」と指摘され言い間違いを訂正したが、こんな言い間違いが大きく取り上げられるのは理由がある。

 五輪競技女子アイスホッケーで北朝鮮選手と韓国選手の合同チーム結成を“選手不在”で決定するなど、文在寅(ムン・ジェイン)政権の北朝鮮に対する融和ぶりに「平昌五輪ではなく平壌五輪だ」との批判が渦巻いているのだ。前回大統領選に出馬した安哲秀(アン・チョルス)国民の党代表も「平壌五輪」の言葉を用いて従北ぶりを指弾するなど中道・保守派の反発は強い。

 元アイドル歌手の訪韓

 こうしたなか、南のへつらう姿勢を鮮明にしたのが“北のお姫様”こと玄氏の来韓だ。玄氏は「三池淵管弦楽団」の団長。韓国と北朝鮮が平昌冬季五輪を契機に合意した「協調」の一環として同管弦楽団の公演が決まり、その下準備で韓国北東部の江陵を訪れたのだ。

 韓国メディアなどによると、玄氏は1972年生まれ。95年に歌手デビューし、99年には「駿馬処女」という歌がヒットしたとされる。韓国内では、玄氏は金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の元恋人との説もあった。2013年には北朝鮮の芸術家らが密かにポルノ動画を製作、摘発された「ポルノ事件」に関与したとして銃殺されたとの情報が流れたが、処刑どころか健在も健在。北のトップお抱えの楽団長として、韓国へ乗り込んできたのだ。

 この要人の扱いに韓国政府は高速鉄道「KTX」を1編成貸し切りにするなどVIP扱い。さらに朝鮮日報(電子版)によると、政府(韓国統一部)が北朝鮮の要請を受け現場での取材を「統制」したという。少数社の代表取材としたうえ、その取材映像から玄氏の発言する場面や笑顔をカットしてメディアに配布したというのだ。同部報道官は、「(笑顔の場面や音声を不許可とするのは)北からの意向だと聞いている」と発言したあと、これを撤回したが、北朝鮮“代表”への待遇に地元メディアはあきれ気味だ。だが、韓国には他にも「知られたくない」ものがある。

 恥ずかしい素顔

 韓国は五輪開催の目的として、経済活性化寄与とともに「国家ブランド向上」を挙げてきた。その目玉の一つが高速鉄道「KTX」。五輪で各国観光客らに性能をアピールし、観光業の起爆剤としたいのだが、その「KTX」の車窓から、韓国の“恥部”が丸見えだというのだ。

 韓国の毎日経済新聞(電子版)などによると、首都ソウルから平昌行きのKTXが通過する龍山駅近くは、スラム街と化しているという。電柱の周りはゴミ捨て場となり、店舗は廃墟に。地元住民によると「10年前の再開発計画が頓挫したあと」に荒廃が進んだという。

 屋根に雨漏りの応急対策としてビニールシートが張られた老朽住宅が軒をつらね、風でシートが飛ばないよう古タイヤや石が重しとして置かれるなど、貧困世帯の象徴のような光景が広がる。なお悪いことに、遠景には「漢江トランプタワーなどの高層ビル群が見える」ため、KTXの車窓から現代韓国最大の欠点ともいえる貧富の格差がひと目でわかってしまう。

 韓国では「ソウルの恥ずかしい素顔」を隠すため「短期対策として一時的に(目隠しの)フェンスを設置することも必要では」との指摘も出ている。

 強制収容

 街すら表面だけ“整形”しようという発想には違和感を覚えるが、かつて1988年のソウル五輪前には、ソウルにあふれるホームレスを外国人の目から隠すため強制収容する「浄化」が政府の施策として行われた。後に「釜山兄弟福祉院事件」として韓国国会でも大問題となった出来事だ。現地左派新聞ハンギョレ(電子版)いわく「韓国版アウシュビッツ」。

 AP通信などによると民間の「福祉院」が、ホームレスはもちろん、道に迷った子供や障害者を強制収容。施設内で奴隷労働をさせたうえ暴行や陵辱を繰り返した。ソウルの「兄弟福祉院」では、ソウル五輪開催までの12年間で約3000人を監禁、強制労働させ、513人が死亡したとされる。

 それから30年、建物の目隠し程度なら随分進歩したというべきか。だが、見栄を気にしている間に事態は混沌の度を増している。

 国旗炎上

 韓国内では、文大統領の北におもねる姿勢に反対した保守派がデモを行い、北朝鮮の国旗や金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の写真を燃やす示威行動を実施。これに北朝鮮が「(保守派を)歴史の墓の中に集団埋葬してしまわなければいけない」などと猛反発。「平昌冬季五輪に関する今後の措置を慎重に考慮せざるを得ない」と五輪参加中止もほのめかせたが、韓国社会では「警察が名誉毀損で捜査する。警察が政権の忠犬になった」との情報が広がったのだ。

 韓国テレビ局JTBCによると、当初はただの噂だった。ところが自由韓国党のスポークスマンが「国民を捜査している警察が、大韓民国の警察か? 北朝鮮国家安全保衛部の別働隊か」と捜査を既成事実化するような発言をして大騒ぎに。韓国ネット上では昨年11月の米トランプ大統領訪韓の際に、「左派が各地で星条旗を燃やした件はどうなのだ」との論争も出ている。

 こんな噂が広まるのも韓国側の北にへりくだる姿勢が原因ではある。選手団のユニフォームすら、胸に韓国国旗を付けたものを取りやめ、白地に青で朝鮮半島をあしらった「統一旗」の付いたものに変更。裏地には国歌の歌詞が記されていたが、それもなくすという気遣いぶりだ。これにも韓国保守派が反発の声をあげるなど、韓国内で保革対立が深まる中、北朝鮮は着々と軍事的措置を進めている。

 恐怖の前夜祭

 北朝鮮は、これまで4月25日だった「朝鮮人民軍創建日」を、突じょ2月8日に変更。平昌冬季五輪開幕(同9日)の前日に設定し、軍事パレードの兆候を見せている。

 米ジョンズ・ホプキンズ大の北朝鮮分析サイト「38ノース」は、平壌近辺に集結する軍用車両の衛星写真を公開しており、弾道ミサイルなどが登場するのはほぼ確実だ。平昌五輪を機会に核・ミサイル開発を凍結したり放棄するような動きは微塵もない。

 昨年12月に「朝鮮半島に暗雲が迫っている」とノースカロライナ州の軍基地で演説したマティス米国防長官は今月15日、カナダでの外相会合関連の夕食会で「米国には(朝鮮半島有事の)作戦計画があり、準備もできている」と明言。英サンデータイムズは「北朝鮮の攻撃に備え英国人を韓国から避難させる計画を英軍が策定中」と報じるなど、国際社会では最悪の事態に備えた動きが進んでいる。

 備えは軍事関係部門だけではない。現地紙の京仁日報は、米国選手団が五輪選手村のある平昌ではなく、電車で2時間以上かかる仁川のホテルに宿泊すると報じた。報道が確かなら米選手団約700人は選手村には宿泊しないこととなる。ただ、警備が比較的容易になるという利点はある。

 1972年のミュンヘン五輪ではイスラエル選手11人がテロリストに殺害され、83年には北朝鮮によるラングーン廟爆破テロで韓国政府閣僚4人を含む多数が死亡している。金正男(キム・ジョンナム)氏が暗殺された件を踏まえれば、油断できる要素はない。中央日報(電子版)によれば、平昌五輪には米連邦捜査局(FBI)の対テロ要員30人が投入されるという。

 一方で米軍は爆撃機をグアムに集中させたうえ、強力な電子戦専用機「EC-131コンパスコール」を朝鮮半島に差し向けるなど、臨戦態勢を整えるべく着々と準備を進めている。“政治五輪”では、仮初めの平和しか得られないようだ。