覚醒剤密輸組織「捨て駒役」の悲哀、「だまされた」法廷で悔やんだ中国18歳少年の浅はかさ

衝撃事件の核心

 日本に行って、中国から送られてくる荷物を受け取るだけで報酬3万香港ドル(約45万円)-。少年はこんな甘いもうけ話に乗ってしまい、犯罪組織の“捨て駒”とされた。覚醒剤約5・1キロを密輸したとして、覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)罪などに問われた中国籍の少年=事件当時(18)=に対する裁判員裁判が1月、大阪地裁で開かれた。覚醒剤5・1キロは末端価格約3億3千万円相当で、約17万2千回もの使用量にあたる。金欲しさに「深く考えることなく」重大な薬物犯罪に手を出した少年は、法廷で「だまされた」と悔やんだ。

謎の男からの提案

 「日本に行って中国から送られてくる荷物を受け取れば、報酬3万香港ドルを払う」

 公判資料などによると、少年は中国・香港で昨年2月、「キョン」と名乗る男から、このような提案を受けた。キョンとは約1カ月前に友人のパーティーで知り合ったばかり。30歳前後だが正確な氏名や年齢は知らなかった。

 少年は飲食店でアルバイトをしていたが、月収は15万円前後。キョンの持ちかけた報酬は月収の約3倍だ。荷物の中身はあえて聞かなかったが、高額報酬のため「ダイヤか金、違法薬物の密輸ではないか」と推察した。

 何らかの違法行為に手を出す予感はあったが、提案を引き受けた。金が欲しかったのと、警棒を所持したとして刑事罰に問われて1カ月後に身柄を拘束される見込みだったため、香港から出国したいと考えたからだ。

 同じような仕事を引き受けて150万円以上の報酬を得たという知人もおり、「報酬はそれに比べたら安いので(荷物の中身の)違法性も低いのではないか」と楽観視した。

 同年3月7日。少年はキョンから香港と関西国際空港(関空)との往復の航空券、生活費として現金約13万円を手渡された。そして同日正午ごろ、関空に到着した。

あいりん地区を拠点に

 日本に知人はおらず、日本語はもちろん、英語も話せない少年。日本ではスマートフォンでキョンと連絡を取り、全てキョンからの指示で行動した。

 関空から電車で大阪市西成区の「あいりん地区」にある1泊約2500円のホテルに移動。そこを拠点に同市内の2カ所の大型量販店に出かけ、食料保存に使われるようなファスナー付きの袋と、電子はかりを購入した。どこで何を買うのか、店への行き方もキョンの言うとおりにした。

 そして、約2カ月後の同年5月15日。少年が泊まっているホテルに香港から段ボール4箱が届いた。

 スマホのアプリでキョンに“動画中継”しながら段ボールを開けると、83本の物干しざおが入っていた。解体すると中に入っていたのは覚醒剤だった。

 少年は事前に購入していたファスナー付きの袋に覚醒剤を移し、キョンの指示通り別の場所に運び込むため、部屋を出た。

 しかし、ホテルの1階ロビーにいたのは大阪府警の捜査員。少年は覚せい剤取締法違反容疑で現行犯逮捕された。

警察は全てお見通し

 捜査員がホテルにいたのは偶然ではない。実は、捜査当局は少年の行動を全て把握していたのだ。

 発端は、少年が関空に到着した日にさかのぼる。入国審査の際、少年の入国目的やスマホを3台も持っていることなどを税関職員が不審に思い、少年を尾行。大阪府警と連携しながら、行動を監視していた。

 そして、同年5月中旬、少年宛の荷物が中国から関空に届くと、少年に郵送する前に中身を検査。物干しざおの1本を解体し、中に覚醒剤が入っているのを事前に見つけていた。

 税関職員は物干しざおを元に戻し、荷物を少年に送った。捜査員は運送状況を追跡し、少年が荷物を受け取るのをその目で見ていた。「コントロールド・デリバリー」と呼ばれる捜査手法だ。

「家庭環境に問題」と弁護側

 荷物を受け取るだけで45万円の報酬は、一見高額と思える。だが、17万回分もの大量の覚醒剤密輸に加担し、逮捕のリスクが高い役割を担うことを考えると、とても見合うとはいえない。弁護側は公判で「少年の家庭環境に問題があった」と情状酌量を訴えた。

 少年が生まれたとき、父親は刑務所の中。母親は体に障害があり、障害年金などで生活していた。

 父親は出所後も少年や母親に暴力を振るい、再び刑務所に。母親は中学1年のときにがんで他界した。勉強の意欲をなくした少年は中学生にして留年。暴力事件を起こして、矯正施設に入ったこともあった。

 施設を出たあとは一時、知人女性と同居していたが、事件当時は1人暮らしだった。

 「覚醒剤を持ち込んだことで日本社会に悪影響が出ると考えなかったのか」。被告人質問で裁判員から問われた少年は「考えていなかった。これまでは何事も深く考えてこなかった」と短く答えるのみだった。

 1月23日の判決公判。長瀬敬昭裁判長は「安易に密輸に関与した動機や経過に酌むべき点はない」と指弾。少年に懲役5年以上8年以下、罰金200万円(求刑懲役8年以上12年以下、罰金200万円)の不定期刑を言い渡した。家庭裁判所に移して保護処分にすべきだとの弁護側の主張を退けた。

多くの犠牲の1人に

 《一將功成萬骨枯》

 少年はあいりん地区で滞在していた当時、香港にいる交際相手にこのメッセージを送っていた。中国・唐の時代の詩に出てくる言葉で「1人の功績が成就するためには、多くの人が犠牲になる」という意味だ。

 少年の身を案じて香港に戻ってくるよう説得する交際相手に対し、少年はこの言葉とともに「私は成功する方になりたい」「お金が必要」とメッセージを送り、一獲千金の任務を続けていた。

 だが逮捕され、言葉も通じない国で、孤独な拘束生活を余儀なくされることに。密売組織にとって利益を得るための「犠牲になる多数のうちの1人」でしかなかった少年。それを悟ったのか、少年は法廷で「キョンにだまされた。利用されていた」と後悔をにじませた。