岩崎宏美、AKB48も出演「若手歌手の登竜門」セルシーどこへ「建て替え」「ライブ休止」広がる不安ステージ残るのか 

関西の議論
建物に囲まれたセルシー広場。中央にステージが見える=大阪府豊中市

 岩崎宏美や河合奈保子、倉木麻衣、AKB48、きゃりーぱみゅぱみゅ…。「若手歌手の登竜門」として知られる大阪府豊中市の大型商業施設「セルシー」が揺れている。オープンから半世紀近く経過した建物の耐震性が十分でないことが判明し、所有者側は昨年夏、建て替える方向で検討している意向をテナントに伝えた。さらに耐震性の問題から、歌手たちがステージに立ってきたセルシー広場でのライブも一昨年11月から1年以上、開催できなくなっている。このままライブはなくなってしまうのか、建て替え後に広場は残るのか、セルシーはどうなるのか。具体的な計画が示されない中、行く末を不安視する声が広がっている。(張英壽)

住民から惜しむ声、大御所歌手もステージへ

 北大阪急行と大阪モノレールの千里中央駅前に立地するセルシー。千里ニュータウンの中心部に位置する。周辺で人々にセルシーの状況を説明すると、惜しむ声が相次いだ。

 「セルシー広場に、きゃりーぱみゅぱみゅが来たときは、すごく多くの人で埋め尽くされていた。氷川きよしも来ていたけど、歌は生で聞いたら、うまさがわかりますね。韓流スターも来た。観覧無料なので、買い物がてら見に来ていました」。近くに住む主婦(51)はそう思い出し、「歌手が来なくなるのは寂しい」と語った。

 駅からバスで10分程度の距離に住む無職男性(72)は「セルシーはできた頃から知っている。有名歌手が来たら、すごい人になる」と振り返り、「そういえば、歌手が来ていないね。歌手が来なくなるのは寂しいが、耐震性に問題があるなら仕方ない」という。

 また別の近くの主婦(48)は「五木ひろしとか意外な大物歌手も来ている。ただで見られるけど、建物は古く、建て替えはやむを得ない」と話した。

 セルシーは昭和47年にオープン。地上6階地下1階、延べ床面積約6万5千平方メートルで、野外ステージがある約千平方メートルのセルシー広場では、若手歌手らがレコードやCDの販売促進のために曲を披露したほか、握手会を開催するなどしてきた。ファンや買い物に来た市民は無料でイベントを鑑賞できた。

 豊中市が平成27年に発行した冊子「ぶらり千里」によると、冒頭にあげた岩崎宏美は昭和58年、河合奈保子は59年、倉木麻衣は平成21年にセルシー広場に出演。このほか、昭和50~60年代に、もんた&ブラザーズ、河島英五、川中美幸、渋谷哲平、大橋純子、石川秀美、西村知美、酒井法子らがステージに立った。平成に入ってからは、松浦亜弥、後藤真希、中川翔子、矢井田瞳、氷川きよし-らの名前があがっており、枚挙にいとまがない。

 若手だけでなく、橋幸夫(平成8年)、堀内孝雄(9年)、野口五郎(22年)、五木ひろし(23年)、小林幸子(24年)ら大御所の名も記されている。

 冊子にはないが、光GENJIや、AKB48、きゃりーぱみゅぱみゅもセルシー広場のステージに立っている。

所有者側の会社、具体的計画を明らかにせず

 こうした数多くの歌手に愛されてきたセルシーだが、所有者側の会社が、昨年8月と9月に2回、テナントに対する説明会で、建て替える方向で検討していることを明らかにした。関係者によると、所有者側は「商業をメインとした新しい施設に建て替えることを検討している。5年先、10年先ではない」と話したという。

 老朽化した建物の耐震性に問題があることが判明したためとみられる。またセルシー広場も、耐震性に問題があるとして所有者側からライブ活動などに貸し出さない方針が管理会社に示された。一昨年11月上旬以降は外部に貸し出されておらず、1年以上にわたって歌手のライブなどができない状況になっている。いつまでこの状態を続けるのかは、まったく指示がないという。

 平成25年に施行された改正耐震改修促進法では、所有者らが耐震診断を行い、自治体に報告するとともに、自治体が耐震診断の結果についても公表することが義務づけられている。豊中市が昨年3月に公表したセルシーの耐震診断結果では「震度6強から7の地震で倒壊、または崩壊する危険性が高い」とされた。

 セルシーの管理会社である阪急阪神ビルマネジメントによると、テナントには一時約100店が入っていたが、所有者側は耐震診断結果をテナントに説明。賃借契約を更新しなかったため、立ち退く店が相次ぎ、現在はスーパーやスポーツクラブ、カフェなど二十数店舗に減っている。

 現在のセルシーの建物に入ると、一見して老朽化していることがわかる。客足は多くなく、空きスペースが目立つ。阪急阪神ビルマネジメントによると、これまで大規模な改修が行われたかどうかわからないという。

 一方、セルシーは、どこが意思決定をしているのかわかりにくく、「顔が見えない」という声も気かれる。

 阪急阪神ビルマネジメントは日常的な管理を担当。登記上の所有者は三井住友信託銀行だが、もとの所有者から銀行が信託を受けて預かる形をとっている。そのうえで、東京の会社が同銀行から借り上げ、テナントと個別に賃借契約を結んでいる。

 この東京の会社は建て替えの検討やライブ休止など、テナントや管理会社側に方針を示しているが、取材に対しては「守秘義務があるので回答できない」とコメントし、建て替えなどについて具体的な計画を明らかにしていない。

もう一つの「登竜門」東京・噴水広場はにぎわう

 セルシー広場とともに、「若手歌手の登竜門」として知られるのが、東京都豊島区東池袋にあるサンシャインシティ噴水広場だ。ライブが開かれずにひっそりとしているセルシー広場とは対照的に、噴水広場は今もライブでにぎわい、若手歌手があこがれるステージになっている。

 サンシャインシティは、昭和53年にオープンした大型商業施設で、4つのビルで構成。噴水広場は地下1階にあるが、吹き抜けの地上3階からでも望める。

 広報担当者によると、昨年1年間の利用率は約80%に達し、そのうち約半分が歌手のイベントに使われている。東京都心に位置し、天候に左右されない屋内にあることも利点だ。セルシー広場と同じく、ライブなどは無料で鑑賞できる。

 噴水広場はオープン当初からあり、ここから多くの若手歌手が巣立っていった。今も若手歌手が「あの有名歌手もこのステージに立った」として喜んでイベントに出演するという。

 一昨年4月には、広場を全面改修してリニューアルオープンし、縦4・3メートル、幅15・4メートルの大型ビジョンを設置。遠くからでも歌手の姿を見ることができ、人気を集めている。耐震性についても基準を満たしているという。

「広場の存続」強く求める市民団体

 セルシーが立地する千里ニュータウンは昭和37年にまちびらきした日本最初の本格的ニュータウンだった。その歴史を調査研究している市民団体「千里ニュータウン研究・情報センター」代表の太田博一さん(69)は「セルシーは計画的につくられたレジャーセンターで、その目玉がセルシー広場だった」と振り返る。

 セルシーのホームページ(HP)を見ると、オープン当時には、ボウリング場やプール、映画館、サウナなどが設けられていたことがわかる。HPでは、オープン間もない頃の写真も紹介しており、ラジオの公開放送やコンサート、納涼祭、サマーカーニバルなど多彩な催しの場面が切り取られている。

 太田さんは「住民に聞くと、世代ごとにさまざまな思い出がある。ボウリングをしたり、プールに行ったりしたほか、若手歌手が歌を披露したりサイン会をしたりしたことも思い出になっている」と話す。

 ただ、今後のセルシーのあり方について話題が及ぶと、太田さんの表情は険しくなる。「耐震補強のための建て替えはやむを得ないが、セルシー広場は残し、住民が楽しむ『レジャーセンター』のコンセプトをそのままにして建て替えてほしい」と望むが、「所有者側の顔が見えず、要望するにしてもどこに持っていけばいいのか」と不満を漏らす。

 そのうえで「建て替えの計画が不透明な中、セルシー広場はなくなり、ライブがもう見られなくなる可能性もある。千里ニュータウンは今後、高齢化が進む一方で、マンションの建て替えで若い子育て世帯が増えていく。そんな若い人が文化を楽しむ貴重な場所がセルシー広場。東京のサンシャインシティ噴水広場と並ぶ『若手歌手の登竜門』をぜひ残してほしい」と訴えている。