検察VS裁判所―登校中児童ら6人負傷の事故、2度も無罪の理由は

衝撃事件の核心
児童ら6人をはねた乗用車と大阪地検、大阪地裁

 登校中の小学生ら6人が車にはねられ負傷した事故がなぜ、無罪なのか-。大阪府豊中市で平成27年5月に6人が重軽傷を負った事故で自動車運転処罰法違反罪に問われた女性(52)に対し、大阪高裁は29年12月、無罪を言い渡した。1審大阪地裁に続く判断なのだが、2審が指摘したのは「(検察側が)適切に起訴内容を設定していれば有罪の可能性もあった」。有罪にならなかったのは検察側の手落ちというのだ。これに対し検察幹部は「裁判中に、裁判長から何らかの示唆があれば対応できた」と裁判所の“訴訟指揮”に疑問を投げかける。どちらが正論なのか。

事故に争いはないが…

 29年12月14日、大阪高裁。上下黒のスーツで法廷に現れた被告の女性に対し、増田耕児裁判長はこう告げた。

 「主文、本件控訴を棄却する」

 2審は、女性に無罪を宣告していた1審判決について裁判所の事実誤認があるとして、検察側が控訴したため開かれていた。検察側の控訴を棄却するのだから、女性は1審に続いて無罪ということだ。

 女性は検察官の横に座った被害者家族に深々と頭を下げ、何度も涙をぬぐった。だが、法廷はどことなく釈然としない雰囲気が漂っていた。小学生ら6人が負傷する事故は確かに起きていたのに、まったく罪に問われなくてもいいのだろうか-と。

 事故は27年5月20日朝に発生。女性が運転していた乗用車が豊中市内を走行中に登校中の小学生の列に突っ込み、小学生と自転車の女性ら6人が重軽傷を負った。

 裁判で検察側と弁護側の双方とも、事故が起きたという事実関係には争いがなかった。

過失傷害罪も認めず

 大阪地検は女性を自動車運転処罰法違反(過失傷害)罪で起訴した。

 その後開かれた1審大阪地裁での公判では、検察側は新たに女性が運転前に飲んだ睡眠導入剤の影響を指摘。「前方注視や運転操作に支障が生じる恐れがある状態で運転してけがをさせた」として、自動車運転処罰法の犯罪の中でも、過失傷害罪より罰則の重い危険運転致傷罪に訴因を変更した。

 刑事裁判では、起訴状に書かれた内容でしか被告は罪に問われない。今回の裁判で「過失」で起訴した女性を「危険運転致傷」の罪に問うためには、起訴内容(訴因)を変更する必要があるためだ。

 検察側はさらに、仮に危険運転致傷罪が認められなくても、少なくとも女性は「眠気を感じたことで運転中止義務が生じたのに運転を継続した可能性もある」として、予備的な訴え(予備的訴因)として過失傷害罪の成立も主張した。

 これに対し、29年3月に大阪地裁が下した判決は自動車運転処罰法違反罪の「無罪」。危険運転致傷罪はもとより、過失傷害罪の成立も認めなかった。

「危険運転」あきらめ立証も…

 1審判決は、女性が何らかの理由で当時仮睡(居眠り)状態にあったと認定。その上で、睡眠導入剤を飲んだことが影響したとする危険運転罪について、「睡眠導入剤の影響には個人差があり、女性の事故当時の薬の血中濃度は、それほど高くなかった可能性がある」と指摘。

 事故直前まで20分以上にわたり女性が信号無視もせず正常な運転をしていたこと、それまで薬を服用しても日常生活を不都合なく営んでいたことを踏まえ、「薬の影響で居眠り状態になっていたとはいえない」と結論づけ、成立を認めなかった。

 さらに、事故の直前までは運転のふらつきなどはないことを挙げて「眠気によって前方注視が困難な状態になったとまでは認められない」とし、過失傷害罪についても否定した。

 この判決を不服として検察側は控訴。2審で検察側は「危険運転致傷罪の成立を否定した1審判断はやむを得ない」とし、主に過失傷害罪の成立を目指して追加立証していった。

 しかし結果は控訴棄却。今度も“無罪”だった。

裁判所の示唆は

 2審判決は「女性の運転にふらつきなどの居眠り運転特有の兆候が認められない」と指摘。事故直後の女性の言動もあわせ、「そもそも事故当時に女性が居眠り状態だったかどうか疑わしい」と述べ、眠気による過失傷害罪は成立しないと判断した。

 その上で、事故は眠気を催した以外にも運転ミスなどの原因が考えられるとし、「眠気による過失」しか主張しなかった検察側に対し「(検察側が)適切に起訴内容を設定していれば有罪の可能性もあった」と言及した。

 この判決に首をひねるのは、ある検察幹部。今回の公判について「地裁に差し戻して審理されると思っていた」と打ち明ける。

 また、別の検察幹部によると、犯罪行為が明白な事件で、起訴された内容の範囲内で裁判所が有罪を認定できない場合、裁判官が検察側に訴因を変更するよう“示唆”することがある。

 今回で言えば、睡眠導入剤や眠気の影響ではない、別の理由による過失を起訴内容に切り替える訴因変更を裁判所が示唆しても良かったのではないか、ということだ。実際、検察側ではそうした準備もしていたという。

検察側の期待は「ぜいたく」

 元裁判官の門野博弁護士(東京弁護士会)によると、検察側が一方的に間違った認識を持っていると裁判官が感じたとき、審理の段階で「もう他に訴因について考えられることはないですか」といった具合に尋ねることはあるという。

 罪を犯した人を正しく裁くためで、「そのためにも裁判官は検察側の意図を的確に捉えなければならない」とする。

 ただ、検察側については「有罪を取るために慎重に検討しなければいけなかった。差し戻しになると踏んでいたなら、ぜいたくだ」と甘さを指摘する。

 事実、1審判決でも「事故が運転上の過失により生じた可能性はあるが、検察官は他の過失を掲げていないから、他の過失を認定して有罪とできない」と言及していた。検察側は2審で、眠気の立証を尽くせば有罪に持ち込めるとの想定があったのだろうが、結果的には失敗だった。

 仮に高裁が指摘するように、適切に起訴して有罪になっていたとすれば、不憫(ふびん)なのは被害者とその家族である。

 大阪高検は昨年12月、上告を断念すると発表。女性の無罪が確定した。