駆け込んだ先は弁護士会館、職務質問逃れた男が拘置所で語った“真実”

衝撃事件の核心
A男が任意の採尿を拒否して逃げ込んだ大阪弁護士会館(大阪市北区)

 困りごとがあって弁護士会館に行くのは、ある意味当たり前なのだが、大阪では一部の人の行為をめぐって、困った問題が起きている。薬物事件の端緒となる職務質問から逃れるために会館に駆け込む動きがあるからだ。覚せい剤取締法違反罪で起訴された無職の男A(52)もその一人。10月に職務質問を受けた際、この場所に逃げ込み、警察をけむに巻いた。なぜ弁護士会館を目指したのか。薬物事犯の間で“駆け込み寺”と見なされているのではないか。取材に応じたAは「真実は違うんや…」と意味ありげに口を開いたのだが-。

「アリのはい出る隙もなく」

 覚醒剤の使用と所持の罪で起訴されたAは今月中旬、大阪拘置所にいた。最初の逮捕からすでに1カ月以上が経過。勾留前に仮に薬物を使っていたとしても、もう直接的な影響はないだろう。

 取材の意図を告げると、Aは少し勝ち誇ったような表情を見せた。そして当時の“脱出劇”を、雄弁に語り出したのだった。

 「あの日、会館の前にはパトカーが6台はおったかな。アリのはい出る隙間もない、警察の厳戒態勢やったね…」

 最初の職務質問の場所は観光客らでごった返す大阪・ミナミの国立文楽劇場前だった。10月27日午後3時15分ごろ、大阪府警南署の署員が2人組の男が乗る車に目をとめた。助手席にいたAが挙動不審に映った。

 「ちょっと待ってや」。署員が近づいて声をかけると、男らは車を発進させてその場を立ち去ろうとした。署員がすかさず窓から手を差し入れ、エンジンキーを抜き取ると、2人はようやく質問に応じたという。

 Aは以前から、覚醒剤の密売人の疑いがあるとして府警薬物対策課にマークされていた人物だった。所持品検査には応じたが、任意採尿は拒否。急に携帯電話を取り出して誰かと話し始めると、数分後には仲間とみられる男女ら数人が現場に現れた。

 大阪府内では違法薬物の使用や所持を疑って警察官が職務質問に着手すると、どこからか仲間が集まり、対象者を逃す「奪還」と呼ばれる行為が横行していた。今回はこうした妨害はなかったというが、混乱に乗じてAは知人女性と一緒に、客待ちをしていたタクシーに乗り込み、走り去ってしまった。

「会館に行って」

 パトカーの追走を受けながら、タクシーは同日午後5時ごろ、大阪弁護士会館(大阪市北区)に到着。

 府警によると、同乗の知人女性は「知り合いの弁護士に連絡したら『弁護士会館に行って』と言われたので向かった」とした。

 この点について、取材でAにただすと「弁護士と電話で話し、車に乗っていただけで職質されたと説明すると、『違法性がある。あなたは自由だから、どこへでも行っていい』と言われた」と答えた。

 つまり弁護士会館を職務質問逃れの“駆け込み寺”として利用したわけではないという主張だ。ただAも知人女性も、電話で応対してくれたという具体的な弁護士名は明かしていない。

 追いかけていた警察官らは会館の敷地には入らず、公道に待機して建物からAが出てくるのを待った。しばらくすると弁護士会の事務局関係者だろうか、騒ぎに気づいた弁護士が会館から現れ、警察官から事情説明を受けた。その後、関係者が自主的に建物内を捜したが、Aの姿はなかった。警察官らは館内に立ち入ってもいいと勧められたが、結局断ったという。

 府警幹部は「この時点では任意の捜査であり、Aは犯人でもない。関係者が一度、館内を捜してくれてもおり、敷地外で待機することにした」と話す。

 この間に府警はAに対する強制採尿令状を取得し、その日午後11時ごろまで粘ったが、Aはとうとう姿を見せなかった。

今年は2例目

 薬物事件が疑われる職務質問の対象者が任意の採尿を拒み、同会館に逃げ込んだ事例は、大阪では5月以降でこれが2例目だった。

 1例目は5月上旬、覚醒剤事件で起訴後、保釈されていた男性被告が市内で職務質問を受けた事例。所持品検査で違法薬物は見つからず、任意採尿については拒否。男性は「弁護人に相談する」と電話しながらその場を離れ、合流した弁護人とともに会館内に入ってしまった。

 このとき捜査員は会館内に立ち入り、裁判所から強制採尿令状の発付を受けて執行。だが簡易鑑定では「疑陽性」の反応にとどまり、男性が新たに摘発されることはなかった。

 男性の弁護人らは「建造物に無断で侵入し、依頼者が弁護人の助言を受ける権利を侵害した」と府警に抗議文を提出。大阪弁護士会も6月、同じ内容で府警に抗議した。

 ある捜査関係者は「最近、職質を受けた対象者が『弁護士会館に行きたい』というケースが増えた」と証言する。ただタクシーや仲間の車で会館前までは行くものの、実際に入ることは珍しいという。

弁護士会「府警と協議」

 「厳戒態勢だった」と、拘置所であの日の出来事を振り返ったA。複数の警察官が会館の出入り口に目を光らせる中、どうやって気づかれずに外に出たのか。「詳しくは言えないが、会館からは1人で脱出した」

 府警の調べに対しては、Aは建物内で知人男性と合流したうえ、「衣服を交換し、弁護士の後ろについて外に出た」と供述していた。「1人で脱出した」という説明とは食い違っているが、記者には「1人」を強調した。

 --薬物使用者の間で、弁護士会館に逃げ込むことがトレンドになっているのか

 A「そんな常識にはなっていない」

 --5月に府警が会館に立ち入り、抗議を受けたことは知っていたか

 A「知っていた」

 A「(自分の)記事も読んだ。大きな扱いやったな(笑)」

 弁護士会館に逃げ込むことで警察から一時的に逃れたAだったが、後日、大阪市西成区の自宅に戻っているのを捜査員が確認。室内の捜索で覚醒剤が見つかり、現行犯逮捕された。逃走当日に取得していた強制採尿令状を再執行したところ、「陽性」反応も出た。

 府警幹部は「弁護士のアドバイスを受けるのはもちろん止められないし、限界はあるが、厳正に摘発していく方針に変わりはない」と表情を引き締めた。

 大阪弁護士会は「駆け込み寺になっているとは考えていない」としつつ、「府警から問題提起を受け、今後協議する」とコメントした。