ユニークに“お困りごと”解決 小林製薬・小林章浩社長(1)

関西経営者列伝
「“あったらいいな”をカタチにする」を掲げる小林製薬の小林章浩社長=大阪市中央区の同社本社(前川純一郎撮影)

 トイレ用芳香洗浄剤の「ブルーレット」、額に貼る冷却剤の「熱さまシート」、息をリフレッシュさせる「ブレスケア」…。生活の中の“お困りごと”を解決するユニークな商品開発で成長を続けている小林製薬(本社・大阪市中央区)は今年、決算年度として100期目を迎えた。創業家に生まれた6代社長の小林章浩氏(46)は、老舗企業が築いてきたブランドを守りながら、世界を見据え、新しい価値観の創造に取り組んでいる。(安田奈緒美)

 われわれは、お客さまに「こんなものが欲しかった」と思ってもらえるような、他社が扱わない“ニッチ”(隙間)を狙った新しい製品を作り続けてきました。ここ数年はインバウンド(訪日外国人観光客)需要もあり、前期まで19期連続の増益を果たしました。

 「インバウンド」という言葉を意識したのは2年ほど前でしょうか。会議で、液体絆創膏(ばんそうこう)の「サカムケア」が前年の数倍売れているという報告があった。誰も急に伸びると思っていなかったので驚くと「インバウンドの影響らしい」と。「インバウンドって何や」となったんです。

 なぜ買われるのかを調べると、中国のネットメディアで、日本で買うべき12の医薬品「神薬」の1つとして取り上げられ、人気が広がっていることが分かった。「外国でも日本と同じように、ニッチな商品が求められ、うけるんだ」と。サカムケアのヒットが大きな手応えとなり、背中を押されました。

中国事業「リスクあるが優先順位高まった」

 《新たな需要の発見は、積極的な事業展開に弾みをつけた》

 国内では、インバウンドに何が売れるのか手探りの中で、ドラッグストアと協力して「小林コーナー」を設けてもらい、よく出た商品を他店にも広げる戦略を取った。外国のガイドブックに広告も出しました。

 一方、海外では、カイロや外用消炎鎮痛剤「アンメルツ」、熱さまシートなど、どの国でも受け入れられそうな商品については、それまでも事業展開していましたが、ニッチ商品となると二の足を踏むところがあった。インバウンド需要は「万国共通の“お困りごと”は少なからずあるんだ」と知るきっかけを与えてくれました。

 中国での事業にはリスクもありますが、それでも5年、10年の経営を見通し、社のやるべきこととして優先順位が高まった。どんなものが受け入れられ、現地の方々の生活に定着するのか。今後、各国で必要とされるニッチを探していこうと考えています。

「ブルーレットは兄、サワデーは妹」

 《「あったらいいな」をくみ取る基本姿勢は、長い歴史のもとに培われた》

 小林製薬は明治19年、雑貨や化粧品の店として名古屋で産声を上げました。その後感染症の流行を受けて薬も扱うようになり、その構成比が一気に高まって明治の終わりに大阪へ拠点を移しました。創業から今年で131年になりますが、本格的にメーカーとなってからはまだ50年ほどで、それ以前は薬の卸売りを中心とした会社でした。

 創業者はお客さまを大事にし「薄利多売」「迅速」をモットーとしました。要するに、お客さま第一主義ですね。われわれがメーカーになってからも、この精神は引き継がれています。

 「他社が作らないものを作る」という意識が生まれたのも、会社の生い立ちに起因します。卸として他社の薬を扱うが故に、かぜ薬や胃薬など、大手メーカーと競合するような商品は作れない。だから自然とニッチを探す。しようがなかったんですね。日本になかった先駆的な商品を開発するしかなかったわけです。

 今年で、ブルーレット発売から48年、消臭・芳香剤の「サワデー」発売から42年。46歳の私にとって、ブルーレットは兄、サワデーは妹のような存在です。

 こばやし・あきひろ 昭和46年5月、兵庫県生まれ。慶応大を卒業し、花王の販売会社で4年間勤めた後、平成10年、小林製薬に入社。米国留学してミシガン州立大経営大学院修了。帰国後、製造カンパニープレジデント、マーケティング室長兼国際営業カンパニープレジデント、常務取締役、専務取締役を経て、25年6月から社長。趣味はジョギングで、トライアスロンの完走歴もある。