「まるでジャイアン」高さ10メートル、橋から海へ「飛び降りろ」…決死ダイブの被害男性が無傷だったワケ

衝撃事件の核心
アルバイトの男が職場の同僚の男性を突き落とした殺人未遂事件の現場となった常吉大橋。この付近から約10メートル下の海へ突き落とされた男性は自力で岸まで泳ぎ、無事だった=10月24日午後、大阪市此花区(小川原咲撮影)

 「ジャンプしてみろよ」。このフレーズが、いわゆるカツアゲ(恐喝)に使われることがあるのをご存じだろうか。脅された人がジャンプする→ズボンのポケットに入れた小銭がジャラジャラ鳴る→「ポケットの中身もよこせ!」-という流れ。現実にこんな事例があったのか定かではないが、ヤンキーマンガの全盛期に思春期を過ごしたミドル世代の男性なら、おそらくピンと来るだろう。この「脅されてジャンプする」という構図の極限とも言うべき事件が9月、大阪市内で起きた。被害者の男性は高さ約10メートルの橋から海中へと決死のダイブをする羽目になったのだ。一体何があったのか。

トラブルの原因は…

 人気テーマパーク「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」に近い大阪市此花区の大阪北港エリア。淀川河口にかかる常吉大橋(全長約540メートル)が事件の舞台となった。

 欄干沿いには歩道が設けられ、平時は絶好の夜景スポットになっている。橋の下は人気の釣り場で、アジやサヨリが釣れるという。

 ザブーン…。水しぶきが静寂を破ったのは9月29日の深夜のこと。橋から転落したのは食品製造会社のアルバイト、佐藤祐太さん(29)=仮名=だった。

 その直前、佐藤さんは橋の欄干を乗り越え、眼下に暗い水面を臨む、ほんのわずかな縁に立っていた。

 佐藤さんにそんな危険な行為を強いたのは、アルバイト先の同僚の男(25)だ。男は佐藤さんを飲みに誘い、断られたことに立腹。自宅まで押しかけ、「遊びに行こう」と強引に佐藤さんを呼び出した。そしてこの橋まで連行したのだ。

 「なんで(飲みに)来ないんや」

 男はそう詰め寄り、佐藤さんに欄干を乗り越えるよう要求した。そして、さらに命令した。

 「飛び降りろ」

 さすがに佐藤さんは断ったが、背中に大きな力が加わった刹那、その体は水中に没していた。

転職しても〝寄生〟

 そもそも2人はどんな関係だったのか。大阪府警の捜査関係者によると、きっかけは5、6年ほど前、今とは別のアルバイト先で知り合った。

 最初はどこにでもあるようなバイト仲間の関係。だが男は次第に「生活費が足りない」などと理由をつけては、佐藤さんから金をせびるようになっていった。

 もともと気が弱い性格という佐藤さんは「嫌だな」と思いながらも、男にすごまれると強く断れず、たびたび金銭を渡していた。

 出会いから約3年後、佐藤さんは現在のアルバイト先へ転職。後を追うように男も同じ会社に入り、佐藤さんへの“寄生”は終わらなかった。

 しかし今年に入り、意を決した佐藤さんは男に「貸した金を返してほしい」と要求。これまでの関係を清算すべく、男に正面から向き合おうとしていた。

 だが男は「誰に言うとんねん」と逆上し、殴ったり蹴ったりといった暴力まで振るうようになった。

 男が佐藤さんから受け取った金は100万円を超え、微々たる額を返済することはあったものの実質的には恐喝と同じだった。

 おとなしく、体も細身の佐藤さんに比べ、年下にも関わらず、やんちゃで横柄な印象の男について、捜査関係者は「まるでジャイアン」と評した。

暴行否定も…殺人未遂容疑で逮捕

 水中に沈んだ佐藤さんにけががなかったのは、不幸中の幸いというしかなかった。佐藤さんはそのまま数十メートル泳ぎ、何とか岸にたどり着いた。

 だが、すぐに警察に駆け込むことはなかった。恐怖や動揺があったのかもしれない。それから2週間ほどたった10月13日、佐藤さんはアルバイト先に近い大阪府警港署を訪れ、「同僚の男から日常的に暴力を振るわれている」と相談した。 そして対応にあたった署員が佐藤さんの話を丁寧に聞き取るうちに、「常吉大橋から突き落とされた」という衝撃の事実を打ち明けたという。

 「死ぬかと思った」

 同署は犯行の悪質性、危険性を重く見て、男を任意で聴取。「殺そうと思っていないし、押したこともない」と佐藤さんへの暴行を否定していたが、突き落としの場面を同僚女性も目撃していたことから、翌14日に殺人未遂の疑いで逮捕した。

骨折の危険も あのお笑い芸人は重傷

 実際10メートルの高さにはどれほどの危険性があるのか。五輪競技でもある高飛び込みがちょうど同じ高さ。落下速度は時速50キロ程度とされ、下が地面であればもちろん無傷ではいられない。

 「足から水に入ったのに激痛が。運が悪かった」

 平成24年にバラエティー番組の企画で10メートルの高飛び込みに挑戦し、着水に失敗したのは、お笑い芸人のスギちゃんだった。

 診断結果は胸椎の粉砕骨折。復帰会見では「今後もワイルドにやっていくから、よろしくだぜ~」とおなじみのギャグで沸かせたが、実に3カ月の重傷だった。

 「飛び込みを習っている人でも、3年ほどかけて基礎を習得しなければ10メートルから飛ばすことはできない。ふざけて飛び込めば、20人中1人はけが人が出る。素人は危ないので絶対にやってはいけない」

 そう警鐘を鳴らすのは兵庫県宝塚市の「JSS宝塚スイミングスクール」で飛び込みを指導する馬淵かの子コーチ。スクールはリオ五輪日本代表の板橋美波選手や寺内健選手が幼少期から通っていた名門だ。

 馬淵コーチによれば、高さ10メートルで足から着水する場合、けがをしないためには最低3メートルの水深が必要といい、「きれいな垂直姿勢を保って入水しても、肩を脱臼したり、あばら骨が折れたりする危険性はある」と指摘した。

 今回の事件については、佐藤さんが服を着ていたことがショック吸収に役立った、とみる。衣服は泳ぐときには邪魔になるが、衝撃を防ぐには有効という。そのうえで「水深が深かったとみられることが無傷ですんだ要因なのでは」と話した。