憲法解釈栄えて国滅ぶ…護憲派結束、東大法学部が新憲法の守護神に 弁護士会の中枢に「教え子」

弁護士会 憲法学「信仰」(下)
審議中の安全保障関連法案に反対し、「安保法案は憲法違反です」という横断幕を掲げて国会周辺をデモ行進する日本弁護士連合会の村越進会長(中央、当時)ら法曹関係者=平成27年8月、東京都千代田区

 《「違憲」104人「合憲」2人 安保法案アンケート 憲法学者ら122人回答》

 平成27年7月11日付の朝日新聞朝刊。安倍晋三内閣が提出した集団的自衛権の限定行使を容認する安全保障関連法案の合憲性をめぐり、重要判例を解説する専門書「憲法判例百選」(有斐閣)の25年発行版を執筆した憲法学者に行ったアンケート結果が掲載された。

 安保法案は国会内外で賛否が分かれ、激しい議論となっていた。しかし、憲法学者に限ると大多数が違憲とする。違憲の可能性があると答えた学者を含めると計119人。なぜ、こんな〝偏り〟が生じるのか。

 改憲派の憲法学者で国士舘大特任教授の百地(ももち)章(71)は背景として、戦前に「天皇機関説」の美濃部達吉から東京帝大(現在の東大)法学部教授を引き継いだ宮澤俊義まで遡(さかのぼ)り、「東大法学部を頂点とする憲法学界のヒエラルキー」を構造的要因に、東大法学部の憲法解釈が通説として広まったと指摘する。

 宮澤の弟子が、司法試験の受験生らに「迷ったら芦部説」の合言葉で知られる芦部信喜(あしべ・のぶよし)だ。

 百地は言う。

 「全国で弟子や孫弟子が宮澤、芦部説を広げることで、数の上で多数を占めてきたことに加え、宮澤、芦部説が絶対とされ、批判を許さない風潮が今もある」

「現実と乖離」

 東京外国語大教授の篠田英朗(ひであき)(49)は自著「ほんとうの憲法-戦後日本憲法学批判」(ちくま新書)で、国際政治学者の立場から憲法学界の特殊構造に切り込んだ。

 憲法解釈に対する東大法学部の影響力は、戦後憲法学の指導者的存在になった宮澤の「八月革命説」から始まったと捉える。

 昭和20年8月のポツダム宣言受諾で、主権の所在が天皇から国民に移行するという「革命」が起きた。これによって、新憲法は新たに主権者となった国民の自由意思で制定された-。宮澤が21年5月に提唱した八月革命説には、当時、「現実と乖離(かいり)している」などの批判が寄せられた。

 篠田も「新憲法を起草したのが米国人であるというタブーをかき消すための議論だった」とみる。

 ただ、30年の保守合同以降、新憲法が「押しつけ憲法」であるとする主張と結びつく形で、改憲の機運が高まる。これに対して護憲派が結束。憲法の正当性を擁護する八月革命説は多数説となり、やがて憲法学界の総意として通説となる。

 篠田は「宮澤は八月革命説で『この憲法とともに生きていく』という姿勢を大々的に打ち出した。アメリカの押しつけは嫌だが、改憲による戦前回帰はもっと嫌だ、という気持ちを捉えた離れ業だった」と語り、こう続けた。

 「彼は同時に、東大法学部が新憲法の守護神となる仕組みも作り出した」

特殊な社会権力

 「現在の憲法を守ることだけが目的化している。憲法学ではなく、日本国憲法学だ」。徳島文理大教授の八幡和郎(66)は東大法学部を頂点とする戦後憲法学を切り捨てた。

 八幡は東大法学部時代、芦部の憲法講義を受けた経験がある。「単なる憲法解釈を述べて『これを守らなければなりません』としか言っていない」というのが率直な感想だった。

 八幡によれば、法学とは今の法律が正しいという前提でなく、賛否両方の立場から議論するもの。その意味で「日本の憲法学は政治運動、憲法学界は利益団体に過ぎない」。さらにこう指摘した。

 「憲法学界では八月革命説が主流だが、(社会では)だれもその説に立っていない。乖離しているというのでもなく、現実に使われていない。日本の憲法学は意味のない学問だ」

 日本弁護士連合会(日弁連)や単位弁護士会が繰り出す憲法絡みの政治的声明にも、東大憲法学の言説が写し絵のように重なる。

 「司法試験や公務員試験にも憲法がある。何年も勉強して、憲法学教授から東大法学部の通説を徹底的に覚え込まされた教え子たちが、後に弁護士会の中枢を占める」と篠田。「憲法を守れ」と訴え、ときに政治闘争まで展開する弁護士会について「憲法学の特殊な状況が特殊な社会権力を生み出す」と解説するのだ。

 改憲の必要性を訴えた元大阪弁護士会会長の小寺一矢=今年3月死去、75歳=は生前、こんな言葉で戦後憲法学と弁護士会の無責任ぶりを憂えていた。

 「憲法解釈栄えて国滅ぶ」

        (敬称略)   =第4部おわり