「傷が負い目にならないか」まさかの露店爆発で修羅場と化した現場 被害者が吐露した福知山花火大会事故の苦悩

衝撃事件の核心
福知山花火大会事故の被害者家族会会長を務める盛本英靖さん。妻と長男、次男の家族3人が事故に巻き込まれた。「被害者が声を上げないと伝わらない」と語った=京都市

 京都府福知山市の河川敷で平成25年8月、花火大会の露店が爆発し、3人が死亡、露店主を含む55人が負傷した事故は、今年8月15日で4年となった。「いきていてくれて ほんとうによかった」。事故に巻き込まれた子供たちへ宛てた妻の走り書きを初めて公開した男性は「被害者が声を上げないと伝わらない」と語る。「事故を風化させたくない」と初めて取材に応じてくれた女性は、やけどの痕が今も残る子供の将来を「傷が負い目にならないだろうか」と案ずる。被害者の補償交渉も続いており、事故はまだ終わっていない。(桑村大、南里咲)

「いきていてくれて ありがとう」

 「しばらく見つかっていなかったが、(2年前の)引っ越しの際に出てきた。報道の方にお目にかけるのは初めて」。京都市の会社員、盛本英靖さん(50)はそう言って、病院のパンフレットを差し出した。そこにはボールペンで、力強く、こう走り書きがされていた。

 「いきていてくれて ほんとうによかった」

 25年8月15日、花火大会見物のため京都府福知山市の由良川河川敷にいて重傷を負った妻(45)が、同じく被害に遭い、別の病室に運び込まれた長男(15)と次男(10)に宛てて書いたメッセージだった。

 「○○くん(長男)、△△ちゃん(次男)のこと たすけてくれて ありがとう。いっしょに にげてくれて ありがとう。○○くんもいっぱいヤケドしたよね いたい思いをさせてしまって ごめんね」

 「○○くん、△△ちゃん だいじょうぶですか? いたいところはない? きのうはほんとうにこわかったよね びっくりしたよね… おかあさん あなたたちに こんなにつらい かなしい思いをさせてしまって ほんとうにごめんなさい」

 盛本さんによると、3人は事故当時、出火元のベビーカステラ店の横に座っていた。大きな爆発音の直後、長男は次男に覆いかぶさって熱風の盾となり、その後、次男を川に逃がした。この結果、次男は顔のわずかなやけどにとどまったが、長男は重傷を負った。

 当時の現場河川敷は逃げ惑う見物客で混乱し、妻は一時、息子たちと離ればなれになった。妻はこのことに自責の念を抱いていたといい、病室で泣きながら、2人へのメッセージをしたためたという。

実行委員会との示談、計51人に

 花火大会の露店爆発事故は、露店主の男(42)=業務上過失致死傷罪で禁錮5年が確定=が由良川河川敷でベビーカステラ店を営業中、発電機に給油しようとして携行缶から噴出したガソリンをプロパンガスの火に引火、爆燃させたことが原因だった。

 これまで、福知山商工会議所などでつくる花火大会の実行委員会は、露店主が服役中であることなどから、「法的な支払い義務を負っているわけではないが道義的・社会的立場での救済」として、遺族を含む被害者との示談を実施。治療費や休業補償などを支払ってきた。

 事故から4年に合わせて記者会見した実行委によると、この1年間で新たに11人(男性6人、女性5人)と示談が成立した。これで示談成立は対象の57人のうち51人となり、残る6人についても、治療を継続しても症状の大幅な改善がされない「症状固定」などになっているため話し合いを進めているという。

 ただ、負傷者にとって、今後の後遺症などへの不安は残ったままだ。

子供に残るやけど痕

 「子供たちが傷と向き合ったとき、前向きに進んでいけるのか」

 福知山市の会社員、三木啓彰(よしあき)さん(52)と妻(46)は、事故でやけどを負い、その傷痕が今も残る子供たちの将来を気遣う。妻は今回、「事件を風化させたくない」と初めて取材に応じてくれた。

 当日は、妻と長男(15)、双子の姉妹(12)の家族4人が現場河川敷にいた。並んで打ち上げを待っていたところ、後方から「プシュー」と音がし、振り向いた際に霧状のガソリンを浴びた。そして直後に爆発。妻はとっさに次女をかばったが、長男と長女は爆風にさらされた。「何が起きたのか分からなかった」。とにかく必死で現場から逃げ出した。

 4人で最も被害が大きかった長女は全身をやけどしており、すぐに手術室へ。生命の危機を脱するまでに4日間を要した。「その間は生きた心地がしなかった」(啓彰さん)。一方、長男も両手足や顔に大やけどを負う重傷で、家族で最も長い約半年間の入院を余儀なくされた。

 長男の退院後、家族5人の生活に。少しずつ日常を取り戻していく中、事故から4年が経過した。しかし、子供たちには体と心の両方に大きな傷跡が残っていた。

 やけどのひどい部位には傷跡を隠すサポーターをつけ、周囲を気にするそぶりを見せる。「これからもずっと、そこは隠していくのかな…」。妻は顔を伏せ、「代わってあげられるんだったら代わってあげたいと、常に思う」。

被害者救済、近づく「区切り」

 長男と長女の補償について、実行委員会側との交渉が続いている。だが、妻が気にかけるのは、いつも子供の将来だ。

 「これから社会に出たら、理解してくれる人ばかりではないかもしれない」

 だからこそ、子供を支えていこうと思うし、強く育ってほしいと願う。

 「それ(傷)を背負って生きていかなければいけない。自分の体験を次に生かせるような人になってほしい」

 一方、妻と2人の息子が被害に遭った盛本さんは、「泣き寝入りせず、自分が立ち上がらないといけない」と、事故から約3カ月後に「被害者の会」(現・被害者家族会)を立ち上げた。主催者側に事故の説明会の開催を求めるなどしてきたほか、「事故の教訓を生かさないといけない」と、全国の自治体で火災予防条例の拡充を訴えたりしてきた。

 被害者や家族の戦いは、これからも続いていく。