トランプ大統領が米軍に入れた亀裂 過去の軍への貢献者たちは“不合格”に…

軍事ワールド
第二次大戦中の米陸軍航空隊の黒人部隊に敬意を表して、尾翼を赤く塗ったアラバマ州空軍のF-16。爆撃機援護に活躍した黒人部隊は、訓練地の名を取って「タスキーギ・エアメン」とも呼ばれた(2010年撮影、米空軍HPより)

 トランプ米大統領は25日、心と体の性が一致しない「トランスジェンダー」の米軍入隊禁止を指示する文書に署名した。米CNNは「共和、民主両党内や公民権運動提唱者らから反発が出ている」と指摘。また12日には白人至上主義者団体と反対派の衝突で死傷者が出た事件で、トランプ氏の「けんか両成敗」的な発言が差別主義者を擁護しているとして、経財界はもちろん、4軍のトップがこぞって批判する事態に発展した。米軍の歴史にはLGBT(レズ・ゲイ・バイ・トランスジェンダー)や黒人、少数民族が見逃せない貢献をした実績があるだけに、トランプ氏の行動や放言は軍に混乱をもたらしかねない情勢にある。(岡田敏彦)

 レッド・テイル

 トランスジェンダーをはじめとしたLGBTに対する米軍のあり方は、オバマ前政権では特に差別的なものはなく、入隊も基本的に認められてきたが、トランプ氏は今年7月、「トランスジェンダーの人が米軍で働くことを認めないし、許さない」とツイート。トランスジェンダーの兵士がトランプ氏を訴える騒動に発展していた。

 大統領の言い分は「とてつもない医療コストと混乱」だ。米有力シンクタンクのランド研究所は、トランスジェンダーの入隊を認めれば医療コストは0・13%(約9億円)増加するとしているが、すでに2016年時点で4千人が現役もしくは予備役として軍に在籍するという。

 さらに8月には白人至上主義者を擁護するコメントで民主党はもちろん、与党共和党や軍の幹部からも反発を受けた。性差別や人種差別は軍にとってもデメリットしかないからだ。

 第二次大戦時、米国では黒人差別が当然のように存在した。高等教育を受ける機会も少なく「黒人は臆病で、大事な時に逃げる」などという偏見がまかり通っていた時代だが、軍は優秀な人材を欲していた。とはいえ、一般兵士の偏見や差別との折り合いをどうつけるかが問題となった。結局、陸軍航空隊では黒人だけで構成した戦闘機部隊が編成された。

 その任務は、ナチス・ドイツの領土奥深くへ侵攻する爆撃機の援護だ。黒人の戦闘機部隊「第332戦闘機隊」は、偏見とは真逆の驚くべき忍耐心を見せた。他部隊のパイロットは「敵機撃墜」の栄誉を求め、敵機を深追いしたり、爆撃機そっちのけで戦闘機同士の空中戦に突入したが、黒人部隊のパイロットたちは爆撃機編隊につかず離れずの的確な援護を行い、白人の爆撃機編隊から賞賛された。厳しい訓練と規律で任務を全うしたのだ。同部隊のP-51マスタング戦闘機は部隊標識として尾翼を赤く塗っていたことから「レッド・テイルズ」と呼ばれ、爆撃機部隊の厚い信頼を得た。

 コード・トーカー

 そのころ、太平洋戦線の米軍で暗号のやりとりに特殊な働きをしたのは、差別されてきた少数民族だった。米国の先住民族のナバホ族の言葉は一部の米国人研究者しか知らないものだったため、ナバホ族にとって普通の会話が他の人々には暗号そのものだった。日本では「訛りのきつい方言なら暗号に使える」などという俗説もあるが、言語体系が他言語と同じである限り暗号たり得ない。

 サイモン・シン著「暗号解読」によると、ナバホ語は「アジアやヨーロッパのどの言語ともつながりを持たないナ・デネ系言語に属する」うえ、文字がないという特徴があった。民族や家族の歴史はすべて口伝で継承する文化が定着していたため、彼らの記憶力は図抜けており、特殊な暗号変換表も丸暗記できたため機密漏洩の懸念もなかった。ナバホ族にとって暗号の作製と復号(平文へ戻すこと)は、自分たちの言葉を英語に翻訳するだけだ。太平洋戦線でナバホ族は「コード・トーカー」(暗号を話す者)として重用され、特別に護衛の兵士がついていた。

 エニグマ

 第二次大戦で米軍と共に連合軍として戦った英軍では、戦争の帰趨を決めた英国人もいた。後にLGBTであることを咎められる数学者のアラン・マティソン・チューリング(1912-1954)だ。第二次大戦時、ドイツ軍が使った“解読不可能”な暗号作成・復号機「エニグマ」の秘密を解明し、数時間の作業で暗号を解読できる機械「ボンブ」を開発したのだ。

 第二次大戦前夜、エニグマで作られた暗号はほぼ無敵だった。ルドルフ・キッペンハーン著「暗号攻防史」などによると、エニグマはアルファベットを別のアルファベットに変換する円盤(ローター)を3枚セット可能で、1文字変換するごとに回転する。さらに変換を重ねるプラグボードの配線は10本、ローターの開始位置は任意に設定できる。ローターの種類も第二次大戦直前に3枚から5枚に増え、暗号を解く鍵の種類は1垓(がい=10の20乗)を超え、1垓5900京にのぼった。

 解読側の米英連合軍が同じエニグマを持っていても、ローターの配列や開始位置など、毎日変更される「初期設定」が分からなければ解読できない。1垓を超えるパターンを一つずつ試せばいつか解読できるが、そのころには戦争は終わっている。

 だがチューリングは、数学者ならではの独創的な発想でエニグマの機構の特徴と弱点を見抜き、“自動解読機”を開発する。エニグマを再現コピーした機械を3台つなぎ合わせて改造し、オートマチックに「初期設定」を割り出す機械「チューリング・ボンブ」を開発した。試すパターンは1垓超えから17576通りまで激減し、約5時間で全ての位置をチェックできた。

 男色罪

 戦中はもちろん戦後しばらくもドイツでは内部に情報を漏らす裏切り者がいたとみていたが、実際はドイツ軍が「決して解読されることはない」と信じていたエニグマの暗号が解読されていたのだった。チューリングの戦勝への貢献度は軍の数個師団どころではなかった。しかし戦後の1952年、研究機関に勤めていたチューリングは、空き巣に入られたことから同性愛者であることが世間に知られてしまう。

 19歳の無職の男性と性的関係を持っていたチューリングは、空き巣に入られた際、その男性が盗みを働いたのではないかと疑いを持ちつつ警察に届け出た。この捜査の過程で男性との“関係”が警察に知られてしまったのだ。当時の英国の刑法では、男色は正式な犯罪とされていた。

 この罪に問われた最も有名な人物は、名門オックスフォード大を首席で卒業した作家オスカー・ワイルド(1854-1900)だろう。

 戯曲「サロメ」や、小説「ドリアン・グレイの肖像」、童話「幸福な王子」などで一斉を風靡したワイルドは、1895年に年下の“恋人”との軋轢がこじれ裁判沙汰となり、有罪判決を受けた。

 耽美と退廃の色濃い19世紀文学の旗手であり、奇抜なファッションでロンドンの街を闊歩し、妻も子もいたワイルドの裁判は、英国を揺るがす大スキャンダルとなった。2年の懲役刑となりレディング牢獄などに収監、「獄中記」をものするが、出獄後は好奇の目を逃れるため英国を離れ、不遇のうちに生涯を閉じた。

 その60年後も、この“同性愛禁止法”は生きていた。チューリングの裁判もスキャンダルとしてマスコミに報道された。1年の禁固刑となり、強制的なホルモン治療を受け、研究機関のプロジェクトからも外されたチューリングは精神的にダメージを受け、41歳で自殺した。

 チューリング法

 チューリングの戦争に対する貢献は全て国家機密だった。誰が、どんな方法で暗号を解読したか明らかにすることは、第二次大戦後の冷戦時代では東側諸国(特にソ連)に、暗号について多くの情報を与えることになりかねないからだ。一般大衆の好奇の目にさらされる一方で受けるべき名誉を得ないまま没したが、そのチューリングがいなければ、連合軍がVEデー(欧州戦勝利日)を迎える日はもっと遅れていたことは間違いない。

 英国の性犯罪法は、イングランドとウェールズで1967年に、男性同士(21歳以上)の同性愛行為を合法化した。1974年には当時の暗号戦について詳述した「ウルトラ・シークレット」が出版され、チューリングの功績が広く知られるようになった。以後チューリングの復権を求める声と、同性愛を禁じたのは間違っているとの主張は高まり、2013年12月24日、チューリングはエリザベス2世女王の名で正式に恩赦が下った。

 英国政府が、かつての性犯罪法で有罪となったまま亡くなった数万人の同性愛男性を赦免する新法を施行したのは今年1月31日。新法は「チューリング法」と呼ばれた。一方、チューリング・ボンバは現在、「コンピューターの始祖」と評価されている。コンピューター科学分野の国際学会ACMが選定・授与する「チューリング賞」は、ノーベル賞に匹敵すると広く認められている。チューリングはコンピューターの世界で始祖にしてヒーローなのだ。

 アップル社のティム・クックCEOは14年に自らゲイであることをカミングアウトしている。そのアップル社をスティーブ・ウォズニアックとともに創設したスティーブ・ジョブズ(1955~2011)は、イスラム教徒のシリア人の移民を父に持つ。

 LGBTを否定し、宗教や人種で国民を“分断”すれば、米国が活力を失うのは間違いない。