なぜ、そんな場所に名画があった!? 駅構内に展示、利用客も盗難に気づかず…怪盗ルパンさながら大胆犯行の一部始終

衝撃事件の核心
前衛画家で知られる故白髪一雄氏の油絵が飾られていた京阪枚方市駅東改札内の壁面。油絵が盗難にあったことを駅の利用客らも気づかなかった=大阪府枚方市岡東町

 大阪府枚方市の駅構内で展示中だった評価額5千万円の絵画が平成27年秋の深夜、怪盗ルパンさながらの大胆かつ鮮やかな手口で盗まれた。被害に遭ったのは兵庫県尼崎市出身の前衛画家、故白髪一雄氏(1924~2008)が描いた油絵。事件当時、被害は公表されず、通勤客らも気付くことはなかったが、水面下で捜査していた大阪府警は今年7月、窃盗容疑で主犯格とみられる自称古物商の山本数馬容疑者(63)ら男3人を逮捕したと発表。盗品を4500万円で買い取ったとして、会社役員の藤井賢子容疑者(63)も逮捕した。独特の画法で知られる白髪氏の作品は、特に海外で高く評価され、億単位で取引されるケースも珍しくない。今回の盗品も海外オークションへの出品の動きがあったが、結局は断念したのか、大阪市内の藤井容疑者宅から見つかった。

ヘルメットかぶり堂々と

 3連休初日の深夜のことだった。

 捜査関係者によると、27年10月10日午後11時40分ごろ、一人の中年男が京阪電鉄枚方市駅(大阪府枚方市岡東町)に降り立った。東改札内の壁面に展示されていた絵画の前で足を止めると、おもむろに〝作業〟にとりかかった。

 額縁に入った絵画は壁にボルトで固定されていたが、男は手際よく緩めていく。周囲を行き交う駅の利用客らが疑って声を掛ける素振りは見られない。男はヘルメットをかぶり、工事業者にふんしていたからだ。絵画はほどなく、完全に取り外された。

 男は持っていた布様のもので額縁ごと絵画を包み、何食わぬ顔で改札を出た。同駅周辺でタクシーに乗り、闇夜へと姿を消した。

 「絵がなくなった」

 異変に気付いた京阪側は翌11日朝、管轄の府警枚方署へ通報。同月13日に盗難の被害届が受理された。盗犯事件を担当する府警捜査3課が主体となり、捜査が始まった。

 一方で盗難については府警、京阪のいずれも公表しなかったため、高額絵画の窃盗事件がこの段階で話題に上ることはなかった。

戦後美術史の代表的存在

 盗まれたのは、油絵「作品B」(縦122センチ、横96センチ)。京阪によると、5年7月に本線と交野線の立体交差事業の完成を記念し、施工業者十数社から寄贈を受けたものだ。それ以来、改札近くの壁にそのまま飾っていた。

 白髪氏は天井からつるしたロープにぶら下がり、キャンバスにぶちまけた絵の具と格闘するかのように、素足で描く手法「フットペインティング」で名高い。

 兵庫県芦屋市を中心に活動した前衛美術グループ「具体美術協会」(具体、解散済み)の中心メンバーとして長らく活躍した。白髪氏を含む当時の若手作家らは、既存の発想にとらわれない斬新な作品の数々を世に送り出した。

 出身地・尼崎市の「白髪一雄記念室」によると、具体の活動が仏の評論家、ミシェル・タピエ(1909~87)の目に留まり、一気に評価を高めた。作品Bは戦後間もなく、白髪氏が足で絵を描き始めたころの制作とされるが、当時の作品は市場にあまり流通しておらず、希少なのだという。

 記念室の男性学芸員は「白髪氏抜きでは、戦後の美術史を語れない」と存在の大きさを誇る。

 白髪氏の作品がミリオン・ダラー(100万ドル)超えの高額で落札されたケースは少なくない。2014年には、米ニューヨークのオークション会社で白髪氏の別の作品が486万ドル(当時のレートで約5億円)で落札された。

買い手宅から無事に回収

 油絵は一体、どこへ持ち去られたのか。

 府警は駅や周辺の防犯カメラ映像を精査。壁にボルトで固定された油絵をヘルメットの男が取り外し、駅から消える姿を確認。持ち運びに利用したタクシーを割り出すなど地道に捜査を進めた。

 事件から1年半を経て今年3月、府警は油絵を盗んだとする窃盗の疑いで、実行役の男(56)=後に窃盗罪で実刑確定、受刑中=の逮捕にこぎつけた。男は調べに対して大筋で容疑を認めたとみられ、供述などから山本容疑者が主に計画・指示していた疑いが浮上。7月19日、山本容疑者ら2人を逮捕した。

 府警が関係先を洗い出す中で、捜査線上に浮かんだのが盗品の買い手だった藤井容疑者の存在だった。

 府警は藤井容疑者を任意で事情聴取するとともに、家宅捜索した自宅から油絵を無事に回収。携帯電話などから山本容疑者とやり取りしていた記録も見つけた。最終的に藤井容疑者が盗品と認識しながら油絵を4500万円で買い取っていたと判断。山本容疑者らの逮捕と同じ日、藤井容疑者も盗品等有償譲り受けの疑いで逮捕した。

 府警は山本、藤井両容疑者の認否は明らかにしていない。

 実はこの盗品をめぐっては昨年8月、海外のオークション会社へ出品の申し込み相談があったという。山本、藤井両容疑者が主導していたとみられ、入手ルートなどの足が付きにくい海外で取引しようとした可能性もある。府警は、ほかにも関わった人物がいるとみて捜査を継続している。

 捜査幹部は「油絵の価値については織り込み済みだったはず。用意周到な犯行態様から現場を下見していた可能性もあり、業者を装って怪しまれず盗もうとするなど計画性が高いのではないか」と語る。

普通に展示「気付かない」

 評価額5千万円の油絵が駅という身近な場所に飾られ、盗まれていたという事実が、容疑者逮捕のニュースとともに発覚すると、駅の利用客らにも驚きをもって受け止められた。

 「そんなところに高価な絵があることをまず知らなかった」。友人らとの待ち合わせなどで現場の京阪枚方市駅をよく利用するという同市内の無職女性(73)はこう話す。

 女性は新聞報道などで油絵の盗難を初めて知ったといい、「飾ってあったことを知らないのだから、『なくなった』という衝撃も何もない。『なぜ、そこに?』という感じ。ガラス張りのケースの中で展示するとか、管理の仕方はほかにあったと思う」とこぼした。

 別の主婦(65)は「絵があったような、記憶がおぼろげ」と振り返った上で、「有名な画家の絵でも、ごく普通に展示されていたから、その存在に気付かなかった人も多いのでは」と指摘した。

 7月下旬、もともと油絵が掲示されていた壁面には、かつて作品が展示されていたことを示す長方形大の跡がうっすらと残っていた。わきには白髪氏のサインや作品を解説するプレートもあるが、盗難後にロッカーが設置され、すっかり隠れてしまっていた。

 京阪によると、油絵は府警側からまだ返還されてはいない。再展示や盗難対策なども含めた今後の対応は未定という。