「人権蹂躙課長だな」国旗・国歌で教育現場に圧力 日弁連、法制化に声明「過去のいまわしい戦争を想起させる」

弁護士会 矛盾の痕跡(3)
国旗国歌をめぐる動き。近年、最高裁が国歌斉唱時の起立を教員に求めた校長の職務命令を「合憲」と判断するなど、戦後教育のゆがみをただす司法判断が続く。日本弁護士連合会は今も「強制するな」という立場だ

 《第一条 国旗は、日章旗とする》《第二条 国歌は、君が代とする》

 ごく簡潔な国旗国歌法が成立したのは平成11年のことだ。教育現場での国旗掲揚や国歌斉唱をめぐり、反対する教職員との板挟みで広島県立高校の校長が自殺するという痛ましい事件がきっかけだった。学習指導要領でも国旗・国歌に関する指導が義務付けられている。

 日本弁護士連合会(日弁連)は法案提出に「あまりに性急」と懸念を示した。会長声明で「日の丸」「君が代」が国民にある程度浸透しているのは事実だとしつつ、「過去のいまわしい戦争を想起させる」「国際協調を基本とする現行憲法にふさわしくないと指摘する声も少なくない」と言及。君が代の歌詞も憲法の国民主権に照らして問題視する意見があるとした。今でも「強制するな」という姿勢は変わらない。

 戦前・戦中の日本を「侵略国家だ」と一方的に断罪するいわゆる東京裁判史観の〝呪縛〟で、国家・愛国心の否定がはびこった戦後日本。こうした歴史観や左傾化が色濃かった教職員組合が力を持っていた教育界では、弁護士会という援軍も得て、「国旗・国歌の強制は思想・良心の自由を侵害する」とする教職員と、教育委員会が対立する歴史を繰り返した。

国旗「赤は血の色、白は骨の色」

 「これはすごい…」

 11年10月、東京都国立市の教育長となった石井昌浩(76)が目の当たりにしたのは想像を超える非常識だった。同市は小金井市、国分寺市とともに「3K」と称され、教職員組合の拠点として知られていた。

 児童が校長先生を「おい、校長」と呼ぶ。整列や号令は「軍隊を想起させる」として行わない。「国旗、国歌につながる」と校章や校歌を持たない学校も複数あり、一部では「(国旗の)赤は血の色、白は骨の色」と刷り込みともいえる指導が行われていた。

 「ゆがんだ教育の押しつけで被害を受けるのは子供だ」。石井が休刊していた市教委広報誌を復活させ、教育現場改善に乗り出すと、組合や一部保護者らの激しい反対運動が起きた。

 市教委が取り組んだ教育正常化の一つが国旗掲揚。「1年目は屋上、2年目はどんな形でもいいから式場、3年目は式場の正面に」。当時、学校指導課長だった持田浩志(66)は校長会で訴えかけた。

 12年3月の卒業式。市立第二小学校での式典後、児童らが校長に旗を降ろさせたとの報告が届いた。校長が作成した報告書には、児童が「旗を降ろせ」と校長に詰め寄り、「謝れ」「土下座しろ」と謝罪を要求した様子も記されていた。

 報告書の公表後、児童の保護者による人権救済申し立てを受け、市教委の前に立ちはだかったのが東京弁護士会だった。

教委課長を呼び出し

 経緯を聞きたい、と弁護士会に呼ばれた持田が赴くと、待ち構えていた数人の弁護士から「人権蹂躙(じゅうりん)課長だな」と指弾された。「弁護士という専門性の高い集団からの教育現場への圧力だ」。持田は憤りを超え、あきれかえった。

 国立市では13年の卒業式で戦後初となる全小中学校での国旗掲揚・国歌斉唱を実現した。

 しかし東京弁護士会は17年、児童が土下座を求めたという報告書について「児童らの意見表明権の行使に関して歪曲(わいきょく)した記載」として児童の人権への配慮を市教委に勧告した。

 「一方的な論調だ」。今も東京都武蔵村山市教育長として教育に携わる持田は振り返る。児童の人権に絡めた勧告の底流に、国旗掲揚・国歌斉唱の適正な実施に対する弁護士会の硬直的な反対姿勢が透けて見えたという。

 近年は国旗・国歌の定着や法的根拠を踏まえ、斉唱時の起立を教員に求めた校長の職務命令を最高裁が「合憲」と判断するなど、戦後教育のゆがみをただす裁判所の判断が続く。教育現場では今、組合が支援する一部教員の抵抗は根強いものの、かつてほどの激しい混乱は影を潜めた。

 常識的といえる判決のたびに批判声明を出す弁護士会の〝脳裏〟にはいまだに、「戦前への回帰」という現実離れの空論が渦巻いているのだろうか。

(敬称略)

 【用語解説】国旗・国歌をめぐる訴訟 国旗国歌法の施行後、入学式や卒業式などの学校行事で、国旗への起立や国歌斉唱を指示した校長の職務命令に反して処分された教職員が次々と提訴。職務命令が憲法違反か否かについて、最高裁の3つの小法廷全てが平成23年5月以降、「合憲」と判断。24年1月には第1小法廷が、東京都教委による戒告▽減給▽停職-処分のうち、「戒告までは基本的に懲戒権者の裁量の範囲内」との判断を示した。