「安否不明の妻の手料理 無性に食べたい」 53歳男性、愛妻の帰り待つ

九州北部豪雨
捜索活動で汗だくになった消防隊員を自身の事務所前でねぎらう田中耕起さん=13日午後、福岡県朝倉市

 「必ず帰ってくるけん。いつも通りの生活をして、待つだけよ」。福岡県朝倉市杷木松末の建設業、田中耕起さん(53)は、九州北部の豪雨で安否が分からないままの妻加奈恵さん(63)が再び目の前に現れることを信じている。

 「お疲れさまです! よかったら、水浴びしていってくださいよ」。13日、蛇口につないだホースを手にした耕起さんは、市内にある自身の事務所前で、捜索活動で汗だくになった消防隊員や自衛官らをねぎらった。愛妻が戻らぬ不安もある中、笑顔を絶やさなかった。

 雨が激しくなった5日午後1時半ごろ。自宅に1人でいた加奈恵さんから、事務所で仕事中の耕起さんに「庭が流されちゃった。どうしよう…」と電話があった。「橋や道路も流されている」「うちの車、もうないよ」。電話は何度も続いた。

 だが同日午後6時24分の着信以降、連絡が取れなくなった。「最後の通話は、何かを言おうとしても恐ろしさで話せないようだった」

 加奈恵さんは熊本県荒尾市出身。福岡県久留米市の病院で看護師をしていた頃、手術のため入院した耕起さんと出会い、30代初めで結婚した。明るくさっぱりした性格で、おしゃべり好き。夫婦げんかをしても、翌日には仲直りできた。最近はガーデニングに熱をあげ、耕起さんが手作りしたプランターにポピーやパンジー、ビオラなどを植えて楽しんでいた。

 耕起さんの楽しみは、帰宅後の加奈恵さんの手料理。「ハヤシライス。夏は無性に食べたくなるんだよ」。事務所で酷暑の避難生活を送る中、お気に入りのメニューを出してくれる愛妻の姿が脳裏をよぎる。

 集落は濁流にのまれたため、耕起さんが長男と共に自宅へ戻ったのは14日になってから。そこには家の基礎部分と、泥で汚れた何点かの衣類が残っているだけだった。

 「妻は家ごと流されたのかもしれない。でも、どこかに遊びに行っただけだとも思っている」