「ジブリにできないことをやる」-アニメ「メアリと魔女の花」 西村義明プロデューサーの決意「ライバルはベイマックス」

銀幕裏の声
「メアリと魔女の花」のワンシーン。杉咲花がメアリ(左)を神木隆之介がピーター(右)の声を熱演する c2017 「メアリと魔女の花 」製作委員会 

 アニメ界の巨匠、宮崎駿監督が平成25(2013)年、長編アニメ製作からの引退を宣言したことを受け、スタジオジブリの製作部門が休業ではなく、解散していたことをどれほどの人が知っているだろうか。「それでもアニメを作りたい…」。ジブリのプロデューサーとして活躍した西村義明さんは、宮崎監督の後継者候補として期待された米林宏昌監督とともにジブリを退社後、2人で新たなスタジオを立ち上げた。その第1弾「メアリと魔女の花」が完成、全国で封切られた。「ジブリの継承者? ジブリがやってきたことは決して継承できるものではありません。しかし、ジブリでもできなかったことをやりたい…」。ジブリの退職金を費やし、米林監督とともに新作アニメの製作に全情熱を注ぐ西村さんはこう宣言した。(戸津井康之)

ジブリという魔法!?

 「メアリと魔女の花」の原作は英国の女性作家、メアリー・スチュアートの児童文学だ。

 赤い館村へ引っ越してきた赤毛の少女、メアリ(杉咲花)は、森の奥で、7年に1度しか咲かない不思議な花「夜間飛行」を見つける。それは昔、魔女の国から盗み出された花だった。この花で不思議な力を手に入れたメアリは、魔法の国の大学への入学を許可されるが…。

 この原作のアニメ化を米林監督へ提案したのがプロデューサーの西村さんだ。その理由をこう説明した。

 「メアリは一度は魔法を手に入れますが、それを手放してしまう。彼女は魔法に頼らずに、いかに困難に立ち向かっていくのか? ジブリという魔法を手に入れ名作アニメを作ってきた米林監督が、ジブリという魔法を手放し、1人になったとき、果たしてどんな作品を作り出せるのか? 米林監督はメアリそのものだと思ったんです」

「思い出のマーニー」は大ヒットするが…

 ジブリ時代、西村さんはプロデューサーとして米林監督と組み、26年7月に公開された「思い出のマーニー」を手掛けている。同作は大ヒットし、米アカデミー賞長編アニメ映画部門にノミネートされるなど国内外で高く評価された。

 だが、その前年に宮崎監督が長編アニメ製作からの引退を発表。映画公開時、すでにジブリの製作部門の解散は決まっていたのだ。

 映画公開後、プロデューサーとして、全国の宣伝キャンペーンに奔走、ジブリのスタジオに帰ってきた西村さんは愕然(がくぜん)とした。

 すでにお別れ会は終わり、アニメーターたちでひしめいていた部屋の中はがらんどうになっていた。西村さんはがっくりと自分の椅子に腰をおろした。近くで米林監督も自分の椅子に座り、うなだれていたという。

ジブリがないなら自分たちがやる!

 「ジブリが解散し、クリエーターの3分の1は業界を去り引退、3分の1は映画アニメの製作現場に残り、3分の1はテレビアニメの業界へと移りました」と西村さんは厳しい現実を打ち明けた。

 独創的で夢あふれるヒット作を次々と繰り出し、世界中に新作を待ち望むファンを持つジブリの現状はあまりにも悲しく切ない。

 「もうジブリの作品は作ることはできない。それなら自分たちでアニメを作るしかない…」

 アニメ映画を製作したくて、横浜国立大学を中退、米国に留学した西村さんは、米アニメスタジオの大手、ピクサーかドリームワークス、日本のジブリで仕事がしたいと考えていた。そして14年、憧れのジブリに入社する。面接したのは宮崎監督の盟友、鈴木敏夫プロデューサーだった。

 西村さんはプロデューサーの大先輩、鈴木さんの下で鍛えられ、頭角を現す。25年に公開された高畑勲監督の「かぐや姫の物語」で初の長編アニメのプロデュースを手掛け、大ヒットさせた。

 企画から製作まで実に8年を費やし、完成まで導いたその姿を見ていた鈴木さんは西村さんにこう声をかけた。「次は米林監督と一緒に作品を作れ」と。

 その作品こそが「思い出のマーニー」だった。

新たな夜明け“ポノック”の思い

 ジブリの解散を悲しむだけでこのまま何もせず動かなければ、新作アニメ製作の道は永遠に閉ざされてしまう-。こう考えた西村さんは米林監督にこの思いを伝えた。米林監督も「思い出のマーニー」の製作時、ずっと支えてくれた西村さんに次作でもプロデューサーをしてほしいと考えていた。ジブリを退社した2人は27年4月、「スタジオポノック」を創設した。

 「ポノック」とはクロアチア語で「深夜0時」という意味。新たな一日の始まり-。つまり、2人の新たなアニメ製作のスタートを告げる宣言だった。

 劇場アニメの製作には膨大な費用がかかる。ジブリ作品には国内外から出資金が集まっていた。

 “ジブリの魔法の力”を失ったのは米林監督だけでなく、西村さんも同じだった。プロデューサーとしての手腕が問われた。

 「『メアリと魔女の花』は、正直、ジブリのときとは桁違いの少ない製作費で完成させています。どんな方法か? たとえばジブリで許されていた製作期間を半分に短縮させたり…」と苦笑しながら打ち明けた。

 しかし、西村さんは誇らしげにこう続けた。「ジブリ時代に比べ、決して作品のクオリティは下がってはいませんよ」

 スタジオポノックの記念すべき第1弾「メアリと魔女の花」の製作には、元ジブリの作画監督など錚々たるクリエーターが結集した。

 「ジブリは素晴らしいスタジオで、米林監督は素晴らしい作品を作ってきましたが、ジブリだからと遠慮した部分があったのも事実です。ですが、今回は一切遠慮せず作りたい作品を作っています」と西村さんは強調。「米林監督がジブリ時代では見せたことのない、直球ど真ん中の剛速球のような作品ですよ」と自信を見せた。

ジブリの継承とは?

 「ジブリは鈴木プロデューサーが、宮崎監督と高畑監督のために作ったスタジオなんです。だからジブリを継承することなど誰にもできないのです」と西村さんは言う。

 だが、こうとも言えるだろう。

 ポノックは鈴木プロデューサーを師匠とする西村プロデューサーが、宮崎監督を師とする米林監督のために作ったスタジオ。つまり、宮崎監督が米林監督に、鈴木プロデューサーが西村プロデューサーに世代交代し、ジブリのDNA、そしてジブリが築き上げた歴史は2人へと継承された-。

 「実は私たちのライバルは『ベイマックス』なんですよ」と西村さんは言う。

 西村さんがジブリ時代、プロデューサーとして8年を費やした「かぐや姫の物語」は、米アカデミー賞長編アニメ映画賞にノミネートされたが、受賞したのは米大手アニメスタジオが手掛けた大作「ベイマックス」だった。このときの悔しさを西村さんは忘れないという。だからこそ、西村さんは米林監督とともに、米大手アニメスタジオに負けないアニメを作るために、ポノックを立ち上げたのだ。

 「メアリと魔女の花」の公開は、ポノックによる日本アニメの新たな幕開けの宣言でもある。

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