神様、あともう一人だけ命を救わせて-日本兵も救助した米衛生兵、弾が飛び交う戦場に留まり…「ハクソー・リッジ」(下)

銀幕裏の声
映画「ハクソー・リッジ」のワンシーン。アンドリュー・ガーフィールド演じるドス(右)に対し、サム・ワーシントン演じる上官、グローヴァー大尉(左)は辛く当たるが…(C) Cosmos Filmed Entertainment Pty Ltd 2016

▼(上)炎放射器で焼き尽くす米兵、実際は日本兵を恐れてた…から続く

 第二次世界大戦末期の昭和20(1945)年、沖縄本島に米軍が上陸。日米は最大かつ“最終決戦”ともいえる沖縄戦を展開していた。映画「ハクソー・リッジ」の舞台は日本名「前田高地」。沖縄本島を死守するため、日本兵はこの地に塹壕を築き、米軍の攻撃を何度も撃退していた。そんな激戦地で、アンドリュー・ガーフィールド演じる主人公、米衛生兵のデズモンド・ドスは「戦争は命を奪うが、僕は命を救う」という信念に基づき、銃を手に持たず独自の戦いに挑もうとしていた。難攻不落のハクソー・リッジでドスが見た生き地獄とは…。(戸津井康之)

敵兵も救う信念

 高さ150メートルの断崖絶壁。その崖を登り切った頂上に日本の前線基地があった。のこぎり(ハクソー)の歯のようなギサギザの形状をした崖(リッジ)…。沖縄本島の激戦地となった前田高地を米兵たちはこう呼んで恐れた。

 崖の上にロープをかけて、ドスたち米兵が次々とハクソー・リッジをかけ登っていく。

 日本兵はまだ攻撃してこない。米兵士全員が崖の上に登り、隊列を組んで前進を開始しようとした…。その瞬間、塹壕に潜んでいた日本兵が一気に攻撃をしかけてくる。

 米兵たちはパニックを起こし、次々と敗走、崖の上から逃げるように降りていく。

 だが、多くの味方が敗走していく中、戦場に踏みとどまる男がいた。衛生兵のドスだ。

 彼は、銃撃されて負傷し、身動きがとれなくなった米兵たちに救急処置を行い、一人ずつロープに身体をしばりつけて、安全な崖の下へと降ろしていく。

 真夜中になってもドスは救助活動をやめなかった。その数は計75人にものぼった。驚くべきことに救助された兵士の中には日本兵もいた。ドスは戦場で苦しんでいた日本兵にも救急処置を行い、崖の下へ降ろしていたのだ。

ドスも嘆くであろう日本人ドライバーへの暴言

 先月28日、米国の人気自動車レース「インディ500」で日本人ドライバー、佐藤琢磨選手が優勝した。米国が世界に誇る伝統のレース。その長い歴史の中で、日本人選手として初の快挙だった。

 この快挙に対し、米紙デンバー・ポストのベテラン記者がこんなツイートを投稿した。「個人的な批判をするつもりはないが、メモリアルデー(戦没者追悼記念日)の週末に日本人ドライバーがインディ500で優勝したことはとても不愉快」だと。

 このツイートに対し、批判が殺到。同紙は翌日、この記者を解雇した。

 すぐに同記者は反省文を発表。自分の父が米兵士として日本軍と戦い、父の友人が沖縄戦で戦死したことを説明した上で、「第二次世界大戦での敵国のひとつ(日本)を引き合いに出したのはばかげていた」と謝罪した。

 米大統領研究者で大阪大外国語学部非常勤講師、西川秀和さんは「実際に日本軍と戦った米軍人のドス本人が沖縄の戦場で、敵兵である日本兵を助けていた事実を考えると、数十年後のこの発言は米国人としてあまりにも恥ずかしいですね」と苦言を呈し、こう続けた。「この記者は、ドスが沖縄戦で取った行動、勇気についてどう思うのでしょう? ぜひ『ハクソー・リッジ』を見てほしいですね」

問われる真の勇気

 「訓練中は銃も手に持てない臆病者だとばかにしていたが、戦場では彼が最も勇敢だった…」 

 サム・ワーシントンが演じた実在するドスの上官、グローヴァー大尉は後にドスをこう称(たた)えている。

 訓練中から度々、ドスと対立し、兵士失格だとしてドスの異動を強く進言していたのがグローヴァー大尉だった。

 「ドスが沖縄の戦場で僕の命を救ってくれたのです。皮肉ですね」。もし、彼の進言通りドスを異動させ、一緒に沖縄で戦っていなければ、彼は戦死していたかもしれない。そのことを彼は認め、ドスに感謝の言葉を送っている。

 1945年10月、ドスは当時のトルーマン米大統領から名誉勲章を授与される。良心的兵役拒否者として初の表彰だった。

 「軍隊内の人種差別撤廃を大統領令で断行したのがトルーマンです。良心的兵役拒否者も長い間、軍隊内で不遇な扱いを受けており、ドスの表彰も米軍内部の風通しを良くする一環といえるでしょう。信仰や人種を問わず平等に扱うという考え方はアメリカをアメリカたらしめる理想ですから」と西川さんは言う。

 味方の兵士が姿を消し、いつ狙撃されるか分からない戦場に踏みとどったドスが、一人、また一人と次々と負傷兵をロープにしばり、崖の下へと降ろしていく。

 75人を救助する間、ずっと彼は心の中でこうつぶやいていた。

 「神様、あともう一人だけ。私に命を救わせてください…」

 人間の真の勇気とは何か-を、見る者の胸に突き付けてくる、かつてない戦争映画の傑作が生まれた。

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