440年前の栄華伝える…信長の茶会記、82年ぶり新発見 京都・古田織部美術館、9日から展示

 
新たに見つかった織田信長の「茶会記」

 織田信長(1534~82年)が天正2(1574)年に京都で茶会を開き、その際に使用した道具や供した料理、参加者などを記した「茶会記」が見つかったと、古田織部美術館(京都市北区)が発表した。信長の茶会記が明らかになるのは82年ぶりという。

 同美術館館長で宮帯出版社社長も務める宮下玄覇(はるまさ)さんが「広島藩士三好家」伝来の収蔵品として数年前に入手した史料を整理中に発見した。

 同館によると、江戸時代に入ってから軸装され、当時書かれた箱書きなどから、信長の茶頭だった津田宗及の自筆とみられるという。道具の取り合わせが分かる信長主催の茶会記としては8例目。

 見つかった茶会記には名物道具が使われたことや、「餡(あん)つけ鱒(ます)」という珍しい料理が出されたことなどが記されていた。これまでに確認された信長の茶会記には、武家や公家以外では堺の町人の名前が多く残っているが、今回の茶会記には京都の町人の名前もあった。

 国学院大の竹本千鶴講師(日本中世史、日本文化史)は「信長は茶道具の名物を好んだ茶人として知られているが、残っている茶会記が少ない。その中で、新たな事実が分かったことが大きな発見」と話している。

 通常、茶会記は茶会を開いた亭主か、出席した客人が残す。今回のものは聞き書きで、竹本さんによると最上級の敬語が使われていることなどから、書き手が亭主の信長本人から聞いた可能性があるという。

 茶会記は9日から同美術館で開催の「織部の遺響」展で展示される。