「ホーーーー、ホワホワ!」〝オタ芸〟のかけ声で曲が聞こえない…アイドルコンサートやり直し求め憤怒の法廷闘争

衝撃事件の核心
アイドルのコンサート会場。自席の周囲で繰り広げられた「オタ芸」の渦の中で、「曲が聞こえない」とキレた男性。コンサートのやり直しや損害賠償を求めて主催者側を提訴したが…

 リズムに合わせて激しくペンライトを動かし、大声で合いの手を入れる-。アイドルのライブで繰り広げられた「オタ芸」の渦の中で、男性は孤立し、そしてキレた。「何にも聞こえん!」。神戸のご当地アイドルのコンサートをめぐって、過度なオタ芸のせいで歌声や演奏が聞こえなかったとして、観客の男性が主催者側にコンサートのやり直しや約100万円の損害賠償を求める訴訟を起こした。男性は「歌詞が3分の1も聞こえない曲があるのは論外だ」と憤慨し、主催者側に退場させる義務があったと主張した。しかし1審神戸地裁ではあえなく敗訴。2審では憲法論議まで展開し、全面的に争ったが…。

オタ芸の激流の中で…

 原告は兵庫県内に住む40代の岩田弘さん=仮名。訴えられたのはコンサートを主催したラジオ関西(神戸市)とNPO、神戸市内を拠点に活動するご当地アイドル「コウベリーズ」のメンバー(当時)だ。

 訴訟記録によると、岩田さんは約20年にわたり、さまざまなアイドルのコンサートを鑑賞。その数は約400回に上る。そんな岩田さんがコウベリーズのコンサートを観に行ったのは今から約3年前の平成26年1月のこと。チケット代金は2千円だった。

 会場は神戸市内のコンサートホール。自由席だったため、岩田さんは前から4列目の真ん中付近の座席を選んだ。岩田さんの訴えによると、当日の観客のうち熱狂的なオタ芸を繰り返すファンは全体の約1割で、そのほとんどが前4列に集中していた。

 ところでオタ芸とは、ファンの応援パフォーマンスといえるものだが、明確な定義があるわけではない。1審の判決文では以下のように言及されている。

 《アイドルのコンサートにおいて、一部の観客が、曲に合わせて大声を出したり、激しく何度もジャンプしたり、棒状のライトを振り回すなどの行為》

 岩田さんの座った席は、そんなオタ芸を繰り返すファンが「前後左右」に数十人いたという。つまり岩田さんはオタ芸の輪の中に、一人ぽつんと座る状態となったわけだ。

 この状況でステージが始まった。当然ながら周囲では一斉にオタ芸がスタートした。

 「オー、オー、オー」

 「せーの、はーい、はーい、はい、はい、はい」 「ウッ、ハッ」(4回)

 「ホーーーー、ホワホワ」

 「せーの、おーい、おーい、おい、おい、おい」  「よっしゃー、いくぞ、サイバー、ダイバー、ジャージャー」

 こうしたかけ声が演奏とかぶり、メンバーの歌声が聞こえないことがたびたびあったという。

 ライブ鑑賞のベテランである岩田さんは怒った。「生演奏・歌唱は、ちゃんと聞こえて初めて意味がある」

 そして、その憤懣(ふんまん)はオタ芸を止めなかった主催者側に向かうことになる。

禁止の義務は

 実は訴訟に至るまでには〝伏線〟があった。

 今回のコンサートの数カ月前、岩田さんはコウベリーズの無料コンサートに出掛け、そこで激しいオタ芸が行われていることを認識した。よほど我慢ならなかったのだろう。岩田さんは主催者側に複数回電話をかけ「歌が十分に聞こえない」と苦情を伝えていた。

 それなのに、コンサートでも同じことが繰り返されたのだ。代理人を立てず、本人訴訟に臨んだ岩田さんは、チケット購入により「コンサート鑑賞の契約」が成立したと主張。「主催者は聴衆に対し、一定水準以上の演奏内容を提供する義務を負う」と指摘し、鑑賞の妨げとなるオタ芸行為をした人たちを退場させなかったことは、債務不履行にあたると訴えた。

 これに対し、主催者側は「オタ芸を含め、観客に何を禁止するかは主催者に広範な裁量がある」と反論。どのような行為が「鑑賞の妨げ」になるか、客観的な基準を設けることは不可能であり「到底、法的な義務となり得るものではない」とした。

 その上で、一般的にコンサートでは曲に合わせて声を上げたり、歌手に対して声援を送ったりして会場を盛り上げる行為が予定されているといえるから、「オタ芸」も直ちに排除すべきものとはいえない、と指摘した。

 さらに岩田さんは無料コンサートにも行ったことがあるのだから「一定のオタ芸が行われるコンサートであることを甘受していた」と述べた。

「雰囲気高揚させる」

 果たして1審神戸地裁は岩田さんの訴えを全面的に退けた。

 判決理由で「オタ芸と呼ばれる一部の観客の行動がほかの観客の迷惑となることがあり、主催者側の禁止・制限の動きがみられるところではある」としつつ、「コンサートの雰囲気を高揚させる側面もあるとみられ、悪意をもってコンサートを妨害する行為などとは性質が異なる」と判断。禁止事項については、主催者の裁量に委ねられているとし、債務不履行にはあたらないと結論づけた。

 岩田さんはこれを不服として控訴。大阪高裁では、オタ芸によるコンサート鑑賞妨害は、憲法13条が保障する幸福追求権の侵害に当たるという補充主張も行った。

 しかし高裁判決も1審の判断を支持。違憲主張については、従来の判例に沿って、憲法13条は私人相互には直接適用されないと一蹴した。岩田さんは控訴審判決も不服として上告している。

オタ芸を楽しむことも「込み」?

 「オタ芸そのものをめぐり、訴訟までいくケースは珍しいが、オタ芸を主催者側が容認していたのであれば仕方がないし、当然の判決だと思う」

 こう話すのは、アイドル事情に詳しい法政大社会学部の稲増龍夫教授だ。

 今やご当地アイドルグループは市町村の数よりも多い2~3千も存在するといわれ、ファンの裾野は広がっている。

 稲増教授によると、オタ芸のルーツは1970年代にさかのぼる。当時、アイドルのコンサートでは、独特の合いの手や振り付けをファンが自主的に考えていた。その後、2000年代に入り「モーニング娘。」(当時)が人気となった頃から「オタ芸」と呼ばれ始め、踊りも多様化していったという。

 稲増教授は「アイドルのコンサートはオタ芸を楽しむことも『込み』で開催される。純粋に音楽だけを楽しみたいという気持ちは否定しないが、その空気感や一体感を含めてどれだけ観客がわくのか、というのも人気のバロメーターとなっている」と説明。オタ芸について「危険性がゼロではないが、規制することはあり得ない。根本的にはアーティストとファンの信頼関係だ」とした。

 一方、ある芸能事務所(東京)の担当者は「ステージそっちのけでクラブみたいに自分たちの世界に入り込み、周囲の客に体をぶつけるなど迷惑行為となるオタ芸は禁止しないと無法地帯になってしまう」として、規制の必要性があると語った。現状ではオタ芸をあおるアイドルもいれば、基本的に禁止しているアイドルもいるという。

 アイドルファン歴の長いある男性はオタ芸について「目立つ動きをして、アイドルに自分を見てもらいたいという思いもある」と承認欲求を含むものだと解説し、ともすれば暴走しがちな「芸」ではあると教えてくれた。

 コウベリーズはその後、現在の事務所に移籍。事務所の担当者は「曲に合ったコールをしてもらえるのはすごく高揚感も出るし、盛り上がる。今はマナーを守るファンがほとんどで、盛り上がっている」とした。

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