「そんなんインチキやん!」人から車借りて事故 使えなかった「他車運転特約」のナゾ

衝撃事件の核心
人から借りた車を運転していて事故を起こした男性。自動車保険の「他車運転特約」に基づいて保険金を請求したが…

 人から借りた車で事故を起こしてしまったら、真っ先に気になるのが保険の問題だ。果たしてこの車にかかっているのか、所有者以外の人が運転していても適用されるのか-。大阪に住むその男性も、友人の車を事故で大破させてしまったという。だが、この点で思い悩むことはなかった。なぜなら男性には「転ばぬ先のつえ=他車運転特約」があったからだ。父親の加入保険に付いており、自分もその対象。男性は同特約に基づき、大手保険会社に支払いを請求した。ところが返ってきたのは、まさかのゼロ回答。「そんなんインチキやん!」。男性側は訴訟に打って出たが、1、2審ともあっさりと棄却された。一体なぜ?!

借りた車が全損状態に…

 原告側代理人によると、およそ3年前の深夜のことだった。20代の吉岡清一さん=仮名=は大阪市内で、友人の田中敏行さん=同=から借りた乗用車を走らせていた。

 少しぼーっとしていたのかもしれない。気づけば目の前に、赤信号で停止中の車が迫っていた。

 ドン!

 幸い、追突した相手方は軽傷だったが、乗用車は全損状態に。後日、修理費は100万円超と算定された。田中さん自身は保険に入っていなかった。

 一方、吉岡さんの父親が契約していた自動車保険には「他車運転特約」が付いていた。

 保険会社のパンフレットにはこう書かれていた。

 「記名被保険者(※この場合は吉岡さんの父親)、その配偶者、同居の親族または別居の未婚のお子さまが、友人・知人等から臨時に借りた車を運転中の事故について、契約にセットされている補償の保険金をお支払いします」

 吉岡さんは当時、父親と同居していた。字面通りに読めば当然、保険金が出るはずだったが、結論としては1円ももらえなかった。

 事故証明書を取り寄せ、田中さんを含めた関係者からの聞き取り結果を代理人が書面にまとめて提出しても、保険会社が応じることはなかったという。

 業を煮やした吉岡さんは保険会社に特約に基づく保険金の支払いを求め、大阪地裁に訴訟を起こした。

「請求権者は他車の所有者」

 この保険会社の他車運転特約は約款において、以下のように記載されていた。

 (1)《当社は記名被保険者またはその家族が、自ら運転者として運転中の他の自動車をご契約のお車とみなし、普通保険約款車両条項を適用します》

 適用される同条項では、被保険者(保険の対象者)の範囲をこう定めていた。

 (2)《この車両条項における被保険者は、ご契約のお車を所有する者とします》

 1審大阪地裁は(1)(2)の規定を前提に、極めてシンプルな判断を下す。

 「他車運転特約が適用される車両保険の被保険者とは他の車両の所有者を意味し、他車を運転していた者は該当しない。原告(吉岡さん)は他車の所有者(田中さん)ではないから、車両保険金の請求をすることはできない」

 つまり、他車運転特約上の保険金請求権は田中さんにあり、記名被保険者である吉岡さんの父親にも、その親族の吉岡さん自身にも帰属しないというわけだ。

「経由」の意味は…

 2審の大阪高裁では、保険金の請求権者が一体だれなのか、という点が改めて争点となった。

 吉岡さん側はパンフレットの書きぶりや、コールセンターの担当者が「保険金を請求できるのは保険契約者です」と説明したと主張し、吉岡さんは契約者である父親の家族として、保険金を請求できると訴えた。

 また今回の他車運転特約には、先に触れた(1)(2)に加えて(3)《保険金の請求は、記名被保険者を経由して行うものとします》とのただし書きがあった。これは他車の所有者たる田中さんに代わり、吉岡さん側が請求できるという意味ではないのか-。

 こうした争点に対し、大阪高裁もまた簡潔に、吉岡さん側の訴えを退けた。

 「他車の所有者(田中さん)に車両保険金請求権が帰属するとされており、『経由』と書かれていても記名被保険者に請求権はない。請求権が記名被保険者またはその家族に属するのであれば、端的にそう規定されるべきで、記名被保険者を『経由して』と書く必要はない」

 コールセンターの担当者らの説明については「内容が正確に再現されているか不明」と一蹴した。

新たな争点

 要するに1、2審判決が言っているのは、請求権は田中さんにあるという、それだけのこと。約款の立て付けが素人には分かりにくく、市民感覚からするとだまされたような錯覚に陥るが、保険業界関係者は「保険会社によって細かい規定の違いはあるだろうが、他車運転特約をめぐるトラブルはあまり聞かない」と指摘する。

 約款上、請求権が「他車の所有者」とされていても、それは形式上の問題であり、大半のケースでは、記名被保険者の求めに応じて保険金が支払われているとみられる。

 そうなると当然、素朴な疑問が浮かぶ。今回のケースでも田中さんに請求権があるのは裁判所も認めているのだから、田中さんから吉岡さんの父親を経由して、保険会社に支払いを求めればいいだけではないのか。

 ここで別の争点が浮上する。原告側代理人によれば、提訴前の保険会社のやりとりでは、本当に吉岡さんが運転していたのか疑う向きがあったという。

 たとえば、事故を起こしたのは別人で、他車運転特約のつく吉岡さんに身代わりを頼んだのではないか-。

 保険会社側は「コメントできない」としており、その意図は明らかではないが、いずれにせよ今回の事故を保険適用の対象外と見ている点では一貫している。吉岡さん側は上告はせず、請求権者たる田中さんも巻き込んで改めて争う方針という。