中国を圧倒した最強の米空母「ビッグE」退役 約束された“復活”はいつ…

軍事ワールド
3日にニューポート・ニューズでエンタープライズの退役式典が行われた。式典の後、作業員が自転車で通り過ぎる様子からは巨艦ぶりがわかる(AP)

 約50年に渡って戦後米国の歴史とともに歩んできた米原子力空母エンタープライズが3日、米海軍船籍登録簿(NVR)から正式に除籍された。キューバ危機やベトナム戦争などで旧ソ連や中国などを圧倒してきた「海上の航空基地」は、米海軍の象徴でもあり「ビッグE」と称されてきた。記念艦として保存の動きもあったが、解体が決定した代りに“復活”も決まったという。(岡田敏彦)

8隻目の引退

 除籍されたエンタープライズは艦番「CVN-65」で、エンタープライズ(冒険心)という名をつけた米海軍軍艦としては8隻目となる。1958年2月に米東部バージニア州のニューポート・ニューズ造船所で起工され、60年9月に進水。軍務に就役した61年は、4月にはソ連がボストーク1号で初の有人宇宙飛行を行い、日本では坂本九さんの「上を向いて歩こう」が大ヒットした年だった。

 エンタープライズは加圧水型原子炉8基を動力とし、全長約340メートルの巨大な船体に80機以上の艦上機を搭載できた。乗員は約4500人~最大5800人。うち航空機運用関係者は約1800人で、約250人のパイロットと約1500人の整備などサポート要員から成る。航空機整備ができる格納庫を始め食堂や売店まで備え、小さな街といえるほどの規模を持っていた。

 本来はエンタープライズ級6隻の1番艦となるはずだったが、初の原子力空母のため建造費が高騰し、2番艦以降の建造計画は中止された。当時は核戦力にばかり注目が集まり、空母などの通常戦力は軽視する風潮があったことも計画中止の一因だった。

核戦争前夜

 ところが翌年に世界情勢は大きく動いた。1962年10月、米国の裏庭ともいえるキューバに核ミサイル基地の建設が明らかになり、米国はソ連からキューバへのミサイル持ち込みを防ぐため海上封鎖を実施。米ソが全面核戦争寸前まで達する「キューバ危機」が発生した。海上封鎖にはエンタープライズを含む4隻以上の航空母艦とその艦上機が投入され、この“圧力”もあってミサイル基地は撤去が決まった。

 この後、地中海クルーズなどを経て、65年11月に太平洋艦隊の第七艦隊所属となり、ベトナム戦争に加わる。12月2日にはベトナム南部ビエンホアで攻勢をかける北ベトナム軍に対し艦載機を出撃させ、実戦に参加した最初の原子力艦となった。

ヤンキー・ステーション

 約80機の艦載機は初日に125回の出撃を行い、167トンの爆撃とロケット弾攻撃を実施。翌日には165回の出撃を行った。

 エンタープライズなどの米空母は、戦闘機や攻撃機を発進させる洋上基地としてベトナム中部ダナンの東約160キロの地点を遊弋(ゆうよく)した。この場所は特に北ベトナムを攻撃する「北爆」の出撃地点として使われ、ヤンキー・ステーションの名で呼ばれた。

 ローリング・サンダー作戦(1964年)やラインバッカー作戦(1972年)ではエンタープライズを始め2~3隻の米空母が常にヤンキーステーションに集結していたが、この地点は南シナ海のパラセル(中国名・西沙)諸島とベトナムのほぼ中間地点にある。

 現在、中国が岩礁を埋め立て滑走路を作るなど基地化し「核心的利益」を主張する西沙諸島だが、ベトナム戦争時は至近の海域に米空母機動部隊が集結していたのだ。

 当時、米軍の戦闘機で自機の位置を見失って中国領内に接近したため迎撃された機体はあったが、米空母艦隊に敵対的行動をとる中国機はなかった。航空戦力も乏しく、海上戦力に至ってはほぼ皆無の中国は、米海軍の空母機動部隊をただ見ているしかなかったのだ。このときのコンプレックスが現在の海軍増強や岩礁の埋め立てと基地化の根源かもしれない。

伝統は引き継がれる

 冷戦終結後も「ビッグE」は2001年9月11日の米中枢同時テロに対応したアフガニスタン攻撃やイラク侵攻に参加したが、2008年4月からの18カ月に及ぶ全面的分解点検整備(オーバーホール)で“寿命”が問題となった。この修理は予定期間をオーバーしたうえ、かかった費用は6億6200万ドル(約750億円)で、予算を46%上回ったのだ。老朽化は明らかだった。

 結局、12年12月1日に「ビッグE」は引退が決まり、バージニア州のノーフォーク海軍基地に係留され、他艦に使える部品の取り外しなどが始まった。

 この引退決定までの間に、海軍関係者はもちろん一般市民からも「エンタープライズ」という艦名を無くしてはならないという声が巻き起こった。先代のCV6エンタープライズは第二次大戦で日本海軍と死闘を繰り広げた武勲艦だった。またCVN-65が初の原子力空母として有名だったのはもちろんだが、米SFテレビドラマ「スタートレック」(1966~)にも最新宇宙船の名として登場する。米宇宙往還機スペースシャトル開発の際には、ドラマのファンらが「米国初の宇宙船の名はエンタープライズでなければ」と署名運動を行い、シャトル1機目(試験機)に名を残した。

 こうした経緯もあり、米海軍では「エンタープライズ」の名を残すのは必然との考えが支配的となり、12年12月の引退式典で次期原子力空母CVN-80(フォード級3番艦)にその名を引き継ぐことが公表された。同艦は18年に建造開始、25年就役が予定されている。