えっ!信号無視の反則切符拒否で現行犯逮捕 紆余曲折経て異例の裁判打ち切り…男性が抵抗したワケ

衝撃事件の核心

 「赤信号やない。黄色やった!」。交通違反で警察に反則切符を切られ、釈然としない経験をしたドライバーは少なくないはずだ。大阪府枚方市の不動産業の男性(60)も「納得がいかない」と抗議したところ、その場で現行犯逮捕されてしまう。1審では罰金刑とされたが、大阪高裁の控訴審判決で空前の逆転劇ともいえる裁判打ち切りの「公訴棄却」判決を勝ち取った。裁判所が断罪したのは〝証拠隠し〟ともいえる大阪府警の不誠実。異例の「信号無視事件」の経過を追った。

「カメラを見せて!」

 「運転手さん、赤信号でしたよ。免許証を見せてください」

 パトカーから降りた警察官2人が男性の車に近づき、そう声をかけた。

 平成27年7月12日午後8時過ぎ、大阪府枚方市内の国道交差点。現場に至る道は数百メートル続く直線から緩やかに左に下り、スピードが出やすい。その出口の信号を、車で通過したときのことだった。

 男性は「信号は黄色だった」と思っていた。そして過去のある経験から、警察の交通取り締まりに不信感を持っていた。このため運転免許証の提示を求められても窓越しにしか見せず、「車載カメラを見せてほしい」と要求した。

 警官の再三の要請にもかかわらず、パワーウインドウを10センチだけ下げるなど男性は抵抗した。そうこうしているうちに応援要員が続々と現場に到着。気づけば男性の車は10人ほどの警官に取り囲まれていた。

 男性「車載カメラを見せてほしい」

 警官「映像はない」

 何度目かの押し問答。男性がようやく車を降りたその瞬間だった。

 「逮捕や!」

 その声と同時に、男性は道交法違反(信号無視)の容疑で現行犯逮捕された。孫の家に届け物をした帰り道、まさか手錠をかけられる事態になるとは想像もしていなかった。

 いったん大阪府警枚方署に連行され、その日の夜には釈放された。ただカメラで確認できない以上、男性は取り調べでも「黄色だった」と否認を貫いた。

「免許は渡せない」

 そうは言っても、信号無視だ。男性はなぜ、ここまで抵抗したのだろうか。

 男性によれば、20代のころに体験した取り締まりの苦い記憶が影響している。横の車がスピード違反をしたのに、誤って男性が摘発されたというのだ。

 男性は警官にその旨を主張し、結果的に反則切符は切られなかった。だが、後日の免許更新の際、違反者講習を受けさせられた。そのときの速度超過が記録されていたという。

 なにぶん古い話ゆえに真偽のほどは確かめようがないが、男性の個人史においては「警官に安易に免許証を渡してはならない」という教訓が刻み込まれることになった。

例外的な起訴

 年が明けた28年1月、書類送検された男性の取り調べは、大阪地検に場所を移して行われた。

 男性は地検でも否認を維持したが、2度目の聴取で状況が一変した。検察官が差し出したパソコンの画面に、赤信号を通過する男性の車が映し出されたからだ。警察に「ない」と言われ続けていた車載カメラの映像だった。

 男性はその場で翻意し、反則金の納付を申し出た。しかし検察官の返答は「それはできない」。男性は4月に略式起訴され、枚方簡裁で罰金9千円を言い渡された。

 男性のように、信号無視で刑事処分が科されるのは異例のケースだ。通常、信号無視や一時不停止、携帯電話の使用など比較的軽微な交通違反は反則切符で処理される。正式名称は「交通反則通告制度」で、青色の告知書は一般に青切符と呼ばれている。

 警察白書の27年の統計を見ると、信号無視だけでもその数は75万2394件に上る。そのいちいちを刑事事件として扱うのは現実的ではないし、刑罰の重みもなくなってしまう。そうした事情から、軽微な違反は刑事ではなく行政的措置として簡単・迅速に処理しましょう、反則金を納めてくれれば良しとしましょう、という決まりになっている。これが交通反則通告制度の主眼だ。

 一方で、無免許や酒酔い運転など悪質な行為に対しては交通切符(通称・赤切符)を示し、刑事事件として処理している。

 男性の場合は本来なら青切符だが、反則通告を拒否したとみなされた。道交法130条2号は「その者が書面の受領を拒んだために通告できなかったとき」は例外的に公訴提起=起訴するとしており、この条文が適用された。

検察も頭が固い!?

 男性の控訴で迎えた12月6日の大阪高裁判決は、まず「黄色信号だった」という男性の当初の主張を検討。信号無視の性質として「違反した者にその自覚がないこと」があり得るとし、「男性が警官らに車載カメラの映像確認を求めたことは、格別不当ではない」と指摘した。

 その上で「映像を示す機会を与えていれば、男性が反則切符を受け取っていた可能性は十分にあった」と述べ、映像の存在を否定し続けた警察の対応を「はなはだ不誠実」と断罪した。

 さらに判決の批判の矛先は、検察にも向けられた。書面の受領拒否での起訴は「酷だ」というのだ。

 検察側は「後になって反則切符の利用を希望したからといってそれに応じていれば手続きの混乱を来す」と訴えた。判決も「一般論としては検察官の言う通りだ」としながらも「警官の不誠実な対応が原因の特殊例外的な場合まで理を貫くことが、制度の安定的な運用に資するものとは思えない」とし、検察官は頭が固いと言わんばかりだった。

「交通ルール守る」男性の誓い

 検察官の刑事処分について「信義に反し無効だ」と公訴棄却とした高裁判決が認定したように、警察が車載カメラの存在を否定し続けたとすれば、不誠実のそしりは免れない。

 ただ捜査関係者によると、交通違反者に車載カメラの映像を見せるような運用はどこもしていないという。人情味あふれる高裁判決が突きつけたものは、警察サイドからすれば、かなり困難かつナイーブなものだ。

 確かに、常に違反者に車載カメラを確認させ、納得してもらわなければならないとすれば、それは簡易迅速な処理を目指す通告制度の趣旨とは異なる気もする。ともあれ、男性のように受領拒否で逮捕まで至るケースはそれほど多くないというが…。

 公訴棄却を受け、ゴールド免許を持っているという男性は「これまで以上に交通ルールを守って慎重に運転します」と話した(今回の信号無視は認めている)。一方、大阪高検は12月20日、「承服し難い」として上告した。

 いずれにせよ、安全運転が何よりの解決策というのは間違いない。