うどん屋なのにうどん抜き? 吉本芸人に「売れる」ジンクスも 「千とせ」の肉吸い

おやじが行く

 午前10時すぎ。お笑いの聖地・なんばグランド花月(NGK)周辺の裏路地にある飲食店街はまだ人影もまばらだが、そんな中、行列ができている店がある。

 うどん・そばの「千(ち)とせ」。かなり古びた建物で、中に入ると、20人も入れば満席の狭い店内、ひび割れたまま長年放置されていると思われる窓ガラス…。「きれいにしよう思たら、なんぼでもできる。でもこういう怪しげな古さは金をかけても出されへんやろ?」。店主の森井一光さん(54)はガハハと笑い飛ばす。わざと朽ちるに任せているようだ。

 それはともかく、この店には絶対的な名物がある。「肉吸(にくす)い」(650円)。うどんの入っていない肉うどんである。「すべては花紀京さんのおかげなんですわ」と、森井さんは昨年夏に亡くなった吉本新喜劇俳優で大物お笑い芸人の名をあげ、経緯を説明する。

 話は約30年前、先代の父の時代に遡(さかのぼ)る。二日酔いの花紀さんがふらりと店に現れ、「うどん抜きの肉うどん」を注文した。

 「うどん屋に来て、うどんはいらんとは失礼な話やけど、よう考えたら大阪は“ダシ文化”、うまいダシならうどんは邪魔な存在。怒りもせずに受けたおやじも立派やったけどな」と森井さん。これがきっかけで、「肉うどん」と「吸い物」からとって「肉吸い」と名付けた新メニューが加わった。

 お笑いコンビのダウンタウンや明石家さんまさんらが「うどん屋のくせにうどん出さへん変な店がある」と電波に乗せて大宣伝をしてくれたおかげで、NGK界隈(かいわい)の名物店に。吉本の芸人の間では、「千とせに行けば売れる」というジンクスまで生まれたという。

 能書きが長くなった。肉吸いである。肉は「普通の国産牛」で、ダシはカツオとしょうゆ、砂糖など特別な素材は使っていないが、秘伝のレシピで仕上げる。

 まずはダシを。薄めの味付けで牛肉のほのかな甘みとコク、カツオの風味が絶妙なバランスを保ちながら、それぞれが自己主張している。肉はダシを出し切ってカスカスかと思いきや、弾力を保ち、しっかりと肉の食感を楽しめる。

 1日100~150食しか用意せず、昼すぎには店を閉めるという商売っ気のなさ。「営業時間が4時間程度でも、仕込みやら片付けやらで12時間は店にいてる。やる気が出るのは、これぐらいの時間なんですわ」。こんな力の抜け具合もまたいいのである。

 文・古野英明

 イラスト・清水浩二

 大阪市中央区難波千日前8の1。(電)06・6633・6861。肉吸いとうふ入(700円)、肉うどん(650円)、たまごかけ御飯小(210円)など。午前10時半~午後2時半(売り切れ次第終了)。火曜日定休。