「まさか寺までブラック化」元料理長349日連続勤務、世界遺産・仁和寺の「罰当たり」ネットで拡散

衝撃事件の核心
世界遺産に登録されている仁和寺。吉田兼好が「徒然草」で仁和寺のエピソードを紹介したことでも知られる。宿泊施設元料理長の〝過酷業務〟をめぐる裁判がクローズアップされ、インターネット上では批判の声が上がった

 世界遺産・仁和寺(にんなじ、京都市右京区)で、現代社会の〝暗部〟を象徴する騒動が起こった。仁和寺が運営する食堂の元料理長の男性(58)が、長時間労働を強いられ「抑うつ神経症」を発症したとして、寺に慰謝料などを求めた訴訟の判決が4月、京都地裁で言い渡された。訴訟で明らかになったのは、349日連続勤務や1カ月の時間外労働が最長約240時間といった過酷を極める労働環境だった。地裁は「尋常でない過酷業務」と批判し、寺に約4200万円の支払いを命じた。労働環境が劣悪で労働者を使い捨てにする「ブラック企業」をめぐる問題は、政府も近年、対策に乗り出すなど社会的な関心が高まっている。今回の判決が報じられると、インターネット上では「まさか寺までブラック化するとは…」などと驚きの声が上がった。

抑うつ神経症を発症

 男性は平成16(2004)年2月に仁和寺に雇用され、寺が運営する宿泊施設「御室(おむろ)会館」で、レストランや宿泊客用に提供する料理の調理などを担当。17年4月に料理長を任されたが、24年8月に抑うつ神経症と診断され休職した。

 25年7月には労災認定され、現在も後遺症が出るという。

 御室会館は寺の宿泊・研修施設。宿坊機能のほか、食事、宴会、展示会、合宿、会議など多目的に利用できる。ホームページによると、1泊2食で9800円で宿泊できる。

 ここで調理を担当していた男性を、ここまで追い込んだ激務とはどんなものだったのか。抑うつ神経症と診断される直前の勤務状況を、判決で認定された事実でたどると-。

1年間の勤務日数は356日

 判決によると、23年4月~24年3月に御室会館に宿泊した客は平均で700人で、多い月には1100人を超えることもあった。同時期にレストランで提供された昼食は、最も多い月で3千~3500食にのぼっていた。

 23年8月までは男性を含めて調理人は3人いた。しかし、同月に2人が退職したため、24年3月までは男性1人で調理を担当した。その後、一時3人に増えたが、再び2人に戻り、別の従業員が休暇を取った際などは1人で業務を行うこともあった。

 男性は遅くとも午前6時ごろには仕込みを始め、朝~夜の営業をこなし、合間には仕入れや献立を作成。客が途切れたところで食事を取り、1日のうち休憩は1時間あるかないかだったという。

 抑うつ神経症を発症するまでの約1年3カ月間の労働時間は、1カ月をのぞき毎月140時間以上で、最長約240時間に及ぶこともあった。勤務日数は、23年には356日となり、うち349日は連続して出勤していた。

「労基法に違反、悪質」

 男性は25年、長時間労働を強いられたことで精神疾患を発症したとして、寺に慰謝料など計約4700万円の支払いを求めて京都地裁に提訴した。

 寺側は、男性がインフルエンザにかかったことや、身内に不幸があったことなどを挙げ、「長時間労働が原因ではない」と主張。請求の棄却を求め、全面的に争う姿勢を示した。

 今年4月12日に言い渡された京都地裁判決は、寺側は勤務実態を適切に把握せずに継続させ、業務は著しく過重だったと認定。「過重な業務がなければ抑うつ神経症を発症することもなかった」と発病との因果関係を認定した。寺側には労務管理体制を整えるなど男性の業務が過重にならないようにする義務があったとし、「極めて過酷な長時間労働を強いて、多額の時間外手当を労働基準法に違反して支払っておらず悪質」と結論づけ、寺側に計約4200万円の支払いを命じた。

 判決を受け、男性は「人生を一歩前に進める」と話した。一方、寺側は「主張がほとんど認められず大変残念」としながらも控訴はせず、判決は確定した。

「神も仏もあったもんじゃねぇ」

 劣悪な労働環境による過労死や過労自殺が後を絶たず、ブラック企業をめぐるさまざまな問題を改善するために、政府も対応に乗り出している。

 26年に施行された過労死等防止対策推進法に基づき、政府は27年に大綱を閣議決定。将来的に過労死や過労自殺ゼロを目指し、32年までに週60時間以上働く人の割合を5%以下とし、有給休暇の取得率を70%以上とするなどの数値目標を掲げた。

 労働問題に詳しい福山和人弁護士(京都弁護士会)は「労働者側には『長時間労働やサービス残業はやむを得ない』という雰囲気があり、使用者側もそれが普通という認識がある。法律での規制と同時に、過酷な労働をどうやって根絶するか、経営者や労働組合が真剣に話し合う段階にきている」と警鐘を鳴らす。

 ブラック企業をめぐるニュースは社会の耳目を集める関心事だ。仁和寺のケースが報道されると、インターネット上でも大きな話題をさらい、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)や掲示板に書き込みが相次いだ。

 「仁和寺相当なブラック。もう一度仏の教えを学びなさい」「まさか寺までブラック化するとは…」「世界ブラック遺産認定」などとブラック企業になぞらえる声が続出。「お寺がやることかよ…」「罰当たりなお寺やなぁ」「神も仏もあったもんじゃねぇ」とあきれ果てた意見も少なくなかった。

 仁和寺は企業とは違い、仏の教えを探究する真言宗御室派の総本山だ。鎌倉文学の最高峰とされる吉田兼好の随筆「徒然草」に登場し、境内にある遅咲きで知られる国の名勝「御室桜」は毎年春、多くの観光客が訪れる人気スポットでもある。当然、〝ブラック〟のイメージとはそぐわない。だからこそ、「尋常でない過酷業務」という判決の指弾がギャップとあいまって増幅し、ネット上での強い批判につながったのだ。

 今回の騒動は、名刹(めいさつ)にとってイメージの悪化という苦い結果だけを残したのではないだろうか。