「鳥肌立った」「日本人で良かった」…世代超え、聴衆に感動の渦

海道東征コンサート
蘇った「海道東征コンサート」。雄壮な音色が響き渡った=平成27(2015)年11月20日、大阪市北区のザ・シンフォニーホール(恵守乾撮影)

 20日夜、ザ・シンフォニーホール(大阪市北区)で開かれた「戦後70年 信時潔(のぶとき・きよし)没後50年 交声曲『海道東征』」。3時間近いコンサートは、アンコールに信時作曲の「海ゆかば」が演奏され、会場の聴衆も唱和し、大きな感動に包まれた。

 「長い歴史を経て現代の音で奏でられ、作品がよみがえった感じがしました」と話すのは、海道東征を作曲した信時潔の孫で、信時の作品目録作成や研究を続ける裕子さん。「信時潔は戦後、『海道東征は今後も残ると思ふ』と書き残しましたが、そうかもしれないなと思うことができました」と感慨深げ。

 信時作品に詳しいピアニストの花岡千春・国立音楽大教授は「作品のすばらしさが際立つ演奏だった。何度もCDで聞いていましたが、ライブで聞くと信時の自信に裏打ちされた、品格ある作品だと改めて思いました」と指摘。「これを機に、演奏回数は増えると思う。演奏を重ねることで、作品がさらに育っていく。新しい海道東征の時代の到来を予感させる演奏会だったと思います」と話した。

 会場では、世代を超えて多くの人たちが聴き入った。浪速高校(大阪市住吉区)吹奏楽部元部長で3年の西田侑加さん(17)は「楽器の力強さと歌の繊細さが化学反応を起こしたような場面があって鳥肌が立ちました。知っている音楽とどこか違っていて魅力的だった」と新鮮な感動を覚えたようだった。

 奈良県御所市の森元重光さん(74)は「海道東征の演奏は国が生まれていく場面が見えるようで、日本が祖国であることに感動を覚えた。(海ゆかばの合唱では)戦争に行った親類を思いだし、声がでなかった」。堺市の自営業、浮世喜昭さん(64)は「大和言葉の深さが胸に響き、揺さぶられた。心から日本人で良かったと感じた」としみじみと語った。

 【交声曲「海道東征」】日本の作曲家の草分け的存在で、東京音楽学校(現・東京芸術大学)の教授も務めた信時潔(1887~1965)が作曲した器楽伴奏付きの声楽曲。「高千穂」「大和思慕」「御船出」など全8章からなる。詩人の北原白秋(1885~1942)が書いた擬古調の美しい詩の世界を、雅楽や日本の古謡の要素も取り入れて表現した。

 国造りを目指した神武天皇は、宮崎を出発して福岡や瀬戸内沿岸の宮などに滞在しながら東征。大阪から紀伊半島南部の熊野などを経て奈良・橿原宮で即位したと伝えられる。