「包丁投げたら刺さった」はウソ…やきもち夫にキレた妻「不慮の事故死」主張も、判決は「一刺しした」

衝撃事件の核心

 「包丁を投げたら夫の背中に刺さって死んだ」。逮捕直後にこう供述し、傷害致死罪に問われた女(41)の裁判員裁判が8月、大阪地裁であった。公判では一転、「夫が背中を向けて近づき、持っていた包丁に自ら刺さった」と“不慮の事故死”を訴えたが、判決はいずれの言い分も不合理と判断。「女が夫の背中を一刺しした」と認定し、実刑を言い渡した。女が勤務する居酒屋を訪れた夫が、他の男性客を接客する妻の姿にやきもちを焼き、言い争いになった末に起きた事件。女は「夫の死を悲しむ妻」として喪に服すように黒いスーツ姿で公判に臨んだが、あまりに不可解な主張は裁判員らに通用しなかった。

「私が投げました」

 事件は昨年12月22日午前1時すぎ、女が勤務する大阪市浪速区の居酒屋で起きた。閉店後、女は男性客への接客態度に文句をつけた夫と言い争いの末、厨房から刺し身包丁を持ち出した。帰ろうと店を出た夫の背中に包丁が刺さり、夫は病院に搬送されたが、間もなく死亡が確認された。

 弁護側の冒頭陳述などによると、女は夫に付き添って救急車に乗車した際、救急隊員に状況を聞かれ、「包丁でけがをした。私がやった」と説明。夫の体からすでに包丁が抜き取られていたため、隊員から「包丁はどうしたのか」と聞かれ、「私が投げました」と答えた。

 実は、包丁は女が夫の体から抜き取り、店の厨房に放り投げていた。しかし、救急隊員が大阪府警に通報した際、「女が包丁を投げて刺さった」と説明。女を取り調べた浪速署も「包丁を投げたら刺さったのか」「夫を狙ったのか」と追及し、女が否定しなかったため殺人容疑で逮捕した。

 逮捕後、女は夫を狙ったことは否定し、傷害致死罪で起訴されたが、包丁を投げたこと自体は認めていた。実況見分を担当した署員にも「(出入り口近くの)ポスターに向かって投げた」と説明し、包丁を投げた地点も指し示した。夫との距離は実測で約2・3メートル。ただ、この署員は証人尋問で、女の説明について「包丁を投げて刺さる可能性は低いと思った」と証言した。

常連客の前で大声

 ところが、女は今年7月、弁護人に対し「夫が背中を向けたまま近づいて来て、持っていた包丁に自分で刺さった」と従来の供述を一転。公判に黒いパンツスーツ姿で現れた女は被告人質問で、夫の死を悲しむような暗い表情で、新たな主張に基づき、事件当時の状況を語った。

 《女は事件前日の午後、夫の運転する車で居酒屋に到着。同じ店で勤務する友人女性も同乗していた。夫はいったん帰り、午後5時ごろに開店。女と友人女性の2人で勤務していると、夫は後輩男性を伴って再び店を訪れた。客がいなくなった午後8時ごろから4人で飲み始めた》

 女「料理の試作品とか食べて、みんなでワイワイしていた。夫は普段はチューハイばかりだが、この日は2杯目以降、珍しくハイボールになった」

 《4人の杯が進んだ午後10時ごろ、常連の男性客2人が到着。女らが接客していると、夫は「(男性客が)何で毎日顔出すねん」「お前、ええかげんにせえよ」と、男性客にも聞こえるような声で、やきもちの感情を露わにした》

 女「グラスを渡すときに手を触れるぐらいはあったかもしれないけど…。私は『客商売やから仕方ないやろ』と言い返したが、終わらないので『もうやめて』と言って一人で外に出た。しばらく歩いた先の物陰で泣いていた」

「驚かそうと思った」

 《午前0時すぎ、女は友人女性の迎えに応じ、店に戻った。しかし、2人の口論が再び始まった。夫はカウンター上のガラスコップを叩き付けて割った上、調味料入れを振り払って床に落とすと、後輩男性に「行くぞー」と声をかけ、店を出て行った》

 ここから、状況が一気にヒートアップする。

 《女は厨房から刺し身包丁を取り出し、夫を追いかけて店の出入り口付近に立った。出入り口のすぐ外側にいた夫との口論は続き、「殴れや、刺せや」という夫の怒声が響き渡った。しばらくすると、夫が背中から血を流して路上に倒れた》

 女「話が終わってないのに勝手に帰ろうとしたので、驚かそうと思って包丁を持ってきた。夫は背を向けたまま後ろに下がってきたが、少し先の路上にいた後輩男性から声がかかったので、そちらを見た直後、手にふわっとした違和感があった。『危ない』と思ってすぐに手を引き、包丁を後ろに放り投げた」

 《女は「救急車を呼んで」と叫び、知人男性や友人女性もすぐに駆け寄ってきた。女は倒れた夫に「私が悪かってん、ごめん」と泣きながら謝り続けた。女はもはやパニック状態で、何が起きたのか説明できる状態でなかった》

夫婦円満アピールも…

 女は被告人質問を通じ、あくまで「不慮の事故死」を主張し続けた。事件前日、店内に流す音楽を探すため、夫と2人でCDショップに寄り、人気グループ「EXILE」の2枚組CDを購入したエピソードも披露。証拠提出されたCDを弁護人から示され、声を詰まらせながら「2人で買った思い出の品です」と答え、夫婦仲が事件直前まで良好だったことをうかがわせた。

 しかし、友人女性は被告人質問に先立つ証人尋問で、女から事件前の昨年秋、「離婚したい」という話を聞いていたと証言していた。夫婦でつかみ合いのようなけんかをしていたことや、女が自分の長男に「けんかして嫌や」と夫への不満を口にしていたことも明らかにしたのだ。

 これに対し、女は「離婚したいといったことはあるが、日常的なグチだった」と反論。夫について「接客中の様子を『オレといるときより楽しそうやなあ』とか、やきもちを言うことはあったが、基本的に仲は良かった。客の前で大きな声で文句を言われたのは、事件のときが初めてだった」と釈明した。

「理不尽な言動」考慮

 結局、判決は女の主張をほとんど認めることはなかった。

 まず、夫の包丁の傷が深さ約10センチまで達していることから「背中に相当な勢いで当たった」と認定。深い傷ができるほどの勢いで夫が意識的に背中を向けて後退することは「到底考えられない」とした。後退してつまずいた可能性も「通常は体重がかかったりするが、(女自身が)そのような状況はなかったと供述している」と否定した。

 さらに、「包丁を投げたら刺さった」との当初の供述についても検討。包丁を振りかぶって投げた場合、「包丁が回転運動することなどを考えると、包丁が衣服に短い裂け目しか残さず、10センチに達する深さまで刺さることは常識的に考えにくい」として、この供述も合理性が低いと判断し、女が夫の背中を包丁で突き刺したと結論づけた。

 一方で判決は、夫が病気で働けず生活保護を受給しており、家計を支えようと居酒屋で働いていた女の境遇にも言及した。やきもちから女を非難した夫の「理不尽な言動」によって、女が強い憤りを抱いたことは理解できるとした上で、量刑について「被告人に対する非難の程度を考える上で幾分考慮する必要がある」として、懲役9年の求刑に対し懲役6年にとどめた。