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東京パラ、夫婦でメダルを 視覚障害者柔道・広瀬悠さん、順子さん夫妻

東京パラリンピックで夫婦そろっての出場とメダル獲得を目指す広瀬悠さん(右)と順子さん=昨年12月、東京都内
東京パラリンピックで夫婦そろっての出場とメダル獲得を目指す広瀬悠さん(右)と順子さん=昨年12月、東京都内
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 今年開かれる東京パラリンピックに「アベック出場」を目指す夫婦がいる。視覚障害者柔道の広瀬悠(はるか)さん(40)=伊藤忠丸紅鉄鋼=と、妻の順子さん(29)=同。前回リオデジャネイロ大会では2人そろって出場し、順子さんはパラ柔道の日本女子初の銅メダルを獲得した。地元開催の大舞台。コーチ役を務める悠さんと二人三脚で目指すのは「夫婦でメダル」だ。(原川真太郎)

 悠さんは松山市、順子さんは山口市の出身。それぞれ小学2年と5年で柔道を始め、高校時代にはともにインターハイに出場した経験を持つ。

 だが悠さんは17歳の時に緑内障を発症し、左目の視力をほぼ失った。右目も0・1程度という。順子さんも19歳で膠原(こうげん)病の一種「成人スティル病」をわずらって視力が低下。視野の中心が見えず、周囲がぼやける弱視になった。

 いったんは柔道を離れた2人だが、悠さんは盲学校時代に周囲の勧めもあって25歳で視覚障害者柔道を始めると、2008(平成20)年の北京パラリンピックに出場。順子さんも大学3年で視覚障害者柔道に転向した。

 出会いは平成25年、国際大会の遠征先だった米国。誰にでも積極的に声をかけ、ムードメーカー的な存在だった悠さんに「自分とは真逆」と順子さんがひかれ、交際に発展した。

 順子さんは当時、東京在住で、悠さんが住む松山との遠距離恋愛が続いた。順子さんからプロポーズし、27年12月に結婚。松山で一緒に暮らし始めた。「障害を持つ者同士の結婚で不安もあったが、この人となら大丈夫と思えた」。悠さんは振り返る。

 離れた状態から試合が始まる通常の柔道と違い、視覚障害者柔道は互いに組み合った状態から始まり、離れると「待て」がかかり、組んだ状態で再開される。

 常に力を入れ続けなくてはならず、体力を消耗するが、順子さんは「結婚して、きつい練習も楽しくできるようになった」。寝技の得意な悠さんの指導もあり、リオ大会では押さえ込みで一本勝ちを奪った。

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