PR

東京五輪 東京五輪

子供たちに「挑戦」伝えたい パラ6度目出場の山梨・鈴木徹選手

自己ベストの2メートル02のバーの前に立つ鈴木徹選手=山梨県山梨市の市立日下部小(渡辺浩撮影)
自己ベストの2メートル02のバーの前に立つ鈴木徹選手=山梨県山梨市の市立日下部小(渡辺浩撮影)

 「パラリンピックを観戦するときは、伴走者などサポートする人にも注目しましょう」「表彰式で国歌が流れるときは起立して、選手をたたえましょう」

 東京パラリンピックに男子走り高跳び(義足T64)で6大会連続出場となる鈴木徹選手(39)=山梨県山梨市出身・在住、SMBC日興証券=は、全国の学校などを回ってパラリンピックについての出前授業を続け、子供たちに義足の装着体験もしてもらっている。昨年11、12月だけで27カ所を訪れた。

 5歳のとき、4つ下の妹が小川で溺れかけた。母に伝えに行ったが、ショックで言葉が出なかった。以来、吃音(きつおん)に悩まされた。小学校に入ると、話す度に同級生にばかにされた。それが嫌で無口になり、自分を表現できるのは体育の時間だけだった。

 高校でハンドボールに打ち込んだが、卒業直前、車を運転して交通事故を起こし、右脚を膝下11センチ残して切断した。運転免許の取得は高校が禁止していた。事故の原因はアルバイトと夜遊びによる居眠り運転。「片脚がなくなったのは、ルールを破った報い。これからは後悔しない生き方をしたい」。そう誓った。

 義足に出合い、走り高跳びで6度目のパラリンピックを迎える。今月から出前授業は減らし、跳躍練習を開始。5月のテストイベント、6月の日本パラ陸上競技選手権などを経て、40歳で迎える9月の大舞台で初の表彰台を狙う。

 「東京パラリンピックを通じて、何歳になってもチャレンジできるんだと知って、夢中になれることを見つけてほしい」。全国の子供たちにそう望んでいる。(渡辺浩)

■すずき・とおる 昭和55年、山梨市出身。駿台甲府高ハンドボール部時代に国体少年男子で3位入賞。大学入学直前に事故で右脚を切断。走り高跳びに転じ、パラリンピックの2000年シドニーと04年アテネで6位、08年北京で5位、12年ロンドンと16年リオデジャネイロで4位。山梨市で妻、長男、長女と4人暮らし。

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

東京五輪2020まであと

ランキング

ブランドコンテンツ