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【PlayBack東京1964】戦死・父の夢背負い闘志 江川嘉孝

1964年東京五輪男子バスケットボール代表の江川嘉孝氏
1964年東京五輪男子バスケットボール代表の江川嘉孝氏
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 「父・栄は陸上短距離の選手でした。私が本当に小さいころ、母に『嘉孝が大きくなったら箱の中を見せてあげてくれ』と言い残し、戦地に向かい、戦死しました。箱にはメダルや、なぜか56年メルボルン五輪の記念バッジなどが入っていた。五輪に出ることが父の夢だった。その遺志を継ぎ、長身だった私はバスケットボールを選んだのです。代表候補合宿中には、吉井監督から戦争で受けた銃弾の痕を見せられ、強い覚悟を持って挑んでいる監督についていこうと心に決めました」

 《東京に再び五輪がやってくる》

 「日本が強くなるには、選手全員が英語を習得することが最低条件だと思っていた。海外からコーチが来ても通訳を通すと細かいニュアンスまで伝わらないし、世界の情報を得るためにも英語は不可欠。そんな中、八村塁選手ら米プロバスケットボールNBAで活躍する選手が複数出てきたことは大変うれしく、チームにも好影響を与えていると思う。今の代表は素質があって小さい選手もシュートがうまい。これからが楽しみです」(聞き手・西沢綾里)

【プロフィル】江川嘉孝(えがわ・よしたか) 1942年12月20日、福島県出身。明治大在学中に日本代表に選出され、東京五輪に出場。76年モントリオール五輪は男子代表コーチを務めた。現在は千葉県木更津市の2020年東京五輪・パラリンピック推進協議会のアドバイザーを務めている。

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