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IOC会長「スポーツは希望を、友人をつくる」 震災乗り越え甲子園目指す野球部員を激励

バッハIOC会長が福島県を訪れた際に交流した(左から)福島商業高校野球部の高橋尚也、大内良真、安斎海人=2月25日、福島市(佐藤徳昭撮影)
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 開幕まで12日で500日となる2020年東京五輪は「復興五輪」を掲げる。象徴的なのが、当初計画にはなかった東日本大震災の被災地、福島県での野球・ソフトボール開催だ。国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長は昨年11月、安倍晋三首相とともに会場となる県営あづま球場(福島市)を初視察。そこで出会ったのは、震災を乗り越え、仲間とともに甲子園出場を目指す高校球児だった。(森本利優)

 「野手陣は本当に頑張ってくれている。あとは投手陣の問題」。福島商業高校野球部のエース、大内良真(りょうま)選手(2年)は今、夏の甲子園出場という目標に向け、野球漬けの日々を送る。

 震災発生時は小学3年生だった。生まれ育った同県飯舘(いいたて)村は福島第1原発事故の影響で「計画的避難区域」に指定。一家10人で栃木県鹿沼市に避難、体育館で他の村民らと共同生活を送った後、5月からは福島市の公務員宿舎に移った。

 「外で遊べなくなったのが一番苦痛だった」。好きな野球からは丸1年遠ざかり、5年生でようやく同市内の軟式野球チームに入団した。飯舘中進学後は市内に設置された仮設校舎に通いながら「福島リトルシニア」でプレーした。

 そこに、高橋尚也選手と安斎海人(かいと)選手がいた。2人も一時避難を経験。すぐに仲良くなり、そろって福島商に進学した。高橋選手はチームの主将、安斎選手とはバッテリーを組む。3人は県内の球児を代表し、バッハ会長と面会することになった。

 「大震災ではつらいこともありましたが、素晴らしい仲間に出会えました。すべてがすべて、悪かったとは思っていません」。大内選手は率直な思いを口にした。

 バッハ会長は目を細め、こう返した。「スポーツは希望を与え、未来を与え、友人をつくってくれる。そういう経験を共有できたのは、本当にうれしいことだ」。

 野球・ソフトボールの福島開催は、バッハ会長が16年に安倍首相と会談したのを機に実現した。「心の復興にスポーツは大きな役割を果たす。あのとき考えたことは正しかった」。よほどうれしかったのか、バッハ会長は日本滞在中、繰り返し3人の話を持ち出し、スポーツと五輪の価値を強調した。

   ×    ×

 東京五輪は東日本大震災から10年目に開かれる。大会組織委員会は復興を「大会の源流」(森喜朗会長)と位置づけ、被災地に寄り添った取り組みを模索してきた。五輪聖火リレーの福島県出発も、復興五輪の理念を具現化したものだ。

 「五輪は本当に被災地の役に立つのか」という声は今もある。ただ、福島市内の60代のタクシー運転手は「みんな単純に近くで五輪がみられることを楽しみにしている」。スポーツは、確かに被災者の活力となっている。

 バッハ会長は3人に、「いつの日か、五輪でみなさんにお目にかかることを楽しみにしている」と話し、福島を後にした。

 「来年、ボランティアをすれば会えるかもしれない。でも、プロで活躍して日本代表になって、またバッハさんに会おうと思う」と大内選手。飯舘村出身初のプロ野球選手になるとの夢の実現へ、最速143キロの直球に磨きをかけている。

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