海外メディアが発生7年半の被災地視察 「復興五輪」成功願う

東日本大震災
「女川いのちの石碑」前で、地元の青年を取材する外国人記者団=8日午後、宮城県女川町(黒沢潤撮影)

 2020年東京五輪・パラリンピックを取材する外国人記者約20人が今月上旬、東日本大震災発生から7年半となるのに合わせ、東京都の招待で被災地を視察した。巨大津波に加え、6日に起きた北海道地震や台風で多くの日本人が心に傷を負う中、記者団からは“復興五輪”を理念とする東京五輪の成功を願う声が相次いだ。

 「日本は広島・長崎への原爆投下だけでなく、甚大な津波被害からも立ち直った。私の母国ではかつて、『日本はいつか沈む』という物騒な予言も語られたが、神は日本人に(困難克服のための)“戦う力”を与えていると思っている」

 太平洋に面したジグザクの陸地が特徴の宮城県女川町で、インド人のオムプラカシュ・ムンドラ記者(68)はこう強調した。

 7年前、巨大津波が襲った女川町では800人超の命が奪われた。破壊された建物などの廃棄物は44万トン(町の通常廃棄量の約115年分)にも上る。

 「辛い状況にあっても、歩み始めなければならないとの決意を固め、歩み始めた」と須田善明町長が力説するように、女川町は今、再建のまっただ中にある。

 パキスタンのアブドゥル・ラヒム記者(49)は「故郷を破壊された町民には2つの選択肢があった。一つは、ここから他の町へ逃げ出すこと。もう一つは町にとどまり、(惨状と)戦い、復興させること。大半が後者だった。勇敢というほかない」と力を込める。

 日本中に津波のトラウマが残る中、北海道では先週大地震が発生し、列島を巨大台風が襲った。東京五輪開催時の大規模災害発生を懸念する声もくすぶるが、スリランカ人記者(59)は「日本人は災害に対処できるDNAを持つ」とし、いかなる困難をも乗り越えられるはずだと指摘した。

 福島県の昭和村を訪れた記者団は、東電福島原発事故後の状況にも強い関心を示した。海外では、東京五輪の野球会場にもなる「FUKUSHIMA」に対し、“負のイメージ”を拭い切れていないためだ。

 米国のステファン・ムーア記者(52)は「原発関連の情報が完全に公にされているのか疑問が残る」と指摘。一方で、韓国政府が福島県の水産物を今も輸入禁止としていることについて「『科学』より『政治』が優先されている」(バングラデシュのモンズルル・ハク記者)と文在寅政権への辛辣(しんらつ)な声も聞かれた。

 フランスのアラン・メフスィエ記者(56)は、スポーツが社会に与える影響について言及。サッカーのワールドカップ(W杯)で母国が優勝した20年前、「いがみ合っていた白人系と黒人系仏人が地下鉄で言葉を交わすなど変化が起きた」と指摘。その上で「スポーツは社会を1つにする」と述べ、東京五輪・パラリンピックが災害復興に取り組む日本社会全体に大きな力を与えるとの期待をにじませた。(黒沢潤)