国会に栄和人氏と吉田沙保里選手を連れてきた谷岡郁子学長の政治家人生

政治デスクノート
平成25年3月、レスリングに関する超党派議連の設立総会に出席した(左から)谷岡郁子幹事長、代表の野田聖子自民党総務会長、女子レスリング五輪金メダリストの吉田沙保里選手、日本レスリング協会女子強化委員長の栄和人氏=参院議員会館(酒巻俊介撮影)

 レスリング女子で五輪4連覇の伊調馨選手(33)が日本レスリング協会の栄和人強化本部長(57)からパワーハラスメントを受けたとする告発状が内閣府に出された問題に関連し、注目を集めている元政治家がいる。栄氏が監督を務める至学館大の谷岡郁子(くにこ)学長(63)だ。記者会見で伊調選手について「選手なんですか?」などと発言し、大学に抗議が殺到しているという。谷岡氏はミニ政党ながら党首も務めた人物だが、国会議員時代も発言が波紋を呼ぶことが多かった。

 谷岡氏は平成19年の参院選愛知選挙区で民主党公認で当選し、1期務めた。出馬表明の記者会見に同席したのは党代表だった小沢一郎現自由党代表(75)だ。政権交代前の当時、小沢氏は参院選で改選2以上の選挙区で複数の候補者擁立を進めていた。愛知で白羽の矢を立てたのが、地元で大学を経営する谷岡氏だった。

 政界に進出した谷岡氏は民主党で政調副会長などを歴任した。小沢氏の資金管理団体をめぐり秘書らが政治資金規正法違反容疑で逮捕され、党内でも代表辞任論が高まりつつあった21年3月、若手議員の一人として代表続投を直訴したこともあった。根っからの「小沢チルドレン」だった。

 その言動は物議を醸すことも多かった。当選前には党が憲法改正の方針を決めた場合の対応について「逆らう。党議拘束を外せないなら党を割る」と明言し、党内で軋轢を生んだ。当選後の20年8月には、元慰安婦の救済を求める集会で「なんとしても被害者の生きているうちに(日本政府に)謝罪させたい」と訴えた。

 22年10月21日の参院外交防衛委員会では、同年9月に発生した尖閣諸島(沖縄県石垣市)沖での中国漁船による海上保安庁巡視船への衝突事件について質問した。逮捕された中国人船長に関し「勾留延長が場合によっては中国に対して誤った、意図しないメッセージを与えてしまった可能性があるのではないか」と発言した。

 中国漁船が意図的に衝突してきたのは、当時の菅直人政権がひた隠しにしながらも後に公開した映像からも明らかだった。一方、中国では報復措置とみられる日本人の不当な拘束や反日デモが起きていた。谷岡氏の発言は、まるで日本側の対応が原因であるかのような主張だった。ちなみに那覇地検は延長した拘留期間の満期前に処分保留のまま船長を釈放した。

 23年5月には、東日本大震災への対応で民主党内からも批判を受けていた菅内閣に野党が不信任案を提出した場合、賛同すれば処分する意向を示した当時の岡田克也幹事長(64)について、ツイッターで「思わずのけぞりました。何度選挙に負けても責任を取らない人が、他の仲間は一回で責任を取らせるわけ?」と酷評した。

 議員一人の単なる発言ならば影響も大きくないが、谷岡氏には反党行為もあった。23年12月、参院外交防衛委員会の与党筆頭理事でありながら、日本の原子力関連の技術移転を可能にするベトナムなど4カ国との原子力協定承認案の採決を反原発の立場から棄権したのだ。政府が進める政策に対し与党筆頭理事が反旗を翻すのは極めて異例だった。

 原発政策や消費税増税、環太平洋戦略的経済連携(TPP)をめぐり党内に賛否が渦巻き、崩壊寸前だった民主党政権の末期を象徴する議員の一人だった。

 そしてついに谷岡氏は党を飛び出す。24年7月に離党届を提出し、反原発や反TPPなどを掲げ女性4人だけの参院会派「みどりの風」を設立。谷岡氏ら全員が共同代表に就任するという異例の政党だった。

 その後は迷走続きだった。みどりの風は24年11月に山崎誠衆院議員(55、現立憲民主党)が加わって議員5人の国政政党となったが、翌12月の衆院選で山崎氏が落選し、再び政党要件を満たさない事態に陥った。

 その後、亀井静香衆院議員(81、政界引退)の加入で再び政党要件を満たし、谷岡氏は25年1月に単独で代表に就任した。それもつかの間。議員の出入りが激しく、同年7月の参院選では谷岡氏ら参院議員全員が落選した。谷岡氏は政界を引退し、みどりの風も同年末に解散した。

 落選前の25年3月、当時自民党総務会長だった野田聖子総務相(57)を代表に据えて100人超が入会した「レスリング存続の超党派議員連盟」の設立を主導し、自身は幹事長に就いた。国会内で行われた発足総会には、前年のロンドン五輪で金メダルを獲得した至学館大出身の吉田沙保里選手(35)と栄氏を引き連れてきた。吉田選手の金メダルを議員に披露し、えびす顔だった谷岡氏の表情が印象に残っている。

 とにかく毀誉褒貶の激しい6年間の政治活動だった。永田町で姿をみなくなって間もなく5年。今月15日の記者会見では「その程度のパワーしかない人間なんです、栄和人は。パワーもない人間によるパワハラっていうのが、いったいどういうものか、私には分かりません」と語っていた。独特な存在感はなお健在のようだ。 (政治部次長 酒井充)

 谷岡郁子(たにおか・くにこ)氏 昭和29年、大阪市出身。54年、カナダ・オンタリオ州立トロント大卒業。61年に32歳で中京女子大(現至学館大)の学長に就任した。63年にレスリング部を設立し、後に多くの金メダリストを輩出する。平成17年からは理事長も兼務。19年の参院選愛知選挙区に民主党公認で当選、1期務めた。

 祖父は大阪商業大の創設者、父は中京女子大時代の理事長を務め、弟は大商大を含む学校法人「谷岡学園」の理事長と谷岡家は学校経営の一族で知られる。郁子氏も10年、谷岡学園が経営する神戸芸術工科大大学院を修了した。