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77年11月15日の午後6時半前だった。めぐみさんはバドミントンのクラブ活動を終え、仲間の友人2人と一緒に寄居中学校の校門を出た。新潟大学理学部跡地前のバス通りの坂道を日本海に向かって歩いていく。

手には紺の手さげ鞄(かばん)とラケットを入れた赤いスポーツバッグ。つるべ落としの秋の日はとうに暮れ、通学路の街灯は頼りなかった。校門から家までは500メートル足らず。途中、友人1人とはすぐに別れ、もう1人とも家まで残り250メートルほどの交差点で手を振ってサヨナラした。

それが最後の姿だった。

平成30年3月1日付産経新聞朝刊【私の拉致取材40年目の検証 元産経新聞社会部記者 阿部雅美】(46)から


13歳の横田めぐみさんが北朝鮮に拉致されたのは昭和52(1977)年11月15日のことだった。上の時間は、めぐみさんが中学校の校門を出た時に近い午後6時半を起点として、現在までの経過時間を表している。


時計の針は進み続ける。けれども、大切な家族の時間は、いまなお止まったままだ。



あなたも想像してほしい。かけがえのない家族や恋人、友人が突然さらわれ、幸せな日常が奪われる恐ろしさを。北朝鮮の日本人拉致犯罪。帰国できた被害者は5人だけ。北が一方的に「死亡」を告げ、拉致すら認めぬ事件もある。

月日だけが残酷にも流れる。被害者も関係者も高齢化し、ついにこの世で抱擁がかなわなかった家族もいる。根拠の乏しい北の情報など誰も信じていない。愛する人を必ず取り戻す。われわれは絶対にあきらめない。

政府が認定した日本人拉致被害者

≫顔写真をクリックすると詳細画面が見られます
≫拉致被害者17人のうち5人しか帰国を果たせていません
横田 めぐみさん
よこた・めぐみ
拉致年月日 昭和52年11月15日
当時 13歳
拉致された場所
新潟県
新潟市において下校途中に拉致される。安否は未確認(北朝鮮は「自殺」と主張)
曽我 ひとみさん
そが・ひとみ
拉致年月日 昭和53年8月12日
当時 19歳
拉致された場所
新潟県
拉致被害者、曽我ミヨシさんの娘。「(ミヨシさんと)2人で買い物に行く」と言って出かけ、拉致される。平成14年10月帰国
曽我 ミヨシさん
そが・みよし
拉致年月日 昭和53年8月12日
当時 46歳
拉致された場所
新潟県
拉致被害者、曽我ひとみさんの母。「(ひとみさんと)2人で買い物に行く」と言って出かけ、拉致される(北朝鮮は入境を否定)
久米 裕さん
くめ・ゆたか
拉致年月日 昭和52年9月19日
当時 52歳
拉致された場所
石川県
石川県宇出津海岸付近にて拉致される。安否は未確認(北朝鮮は入境を否定)
蓮池 薫さん
はすいけ・かおる
拉致年月日 昭和53年7月31日
当時 20歳
拉致された場所
新潟県
「ちょっと出かける。すぐ帰る」と言って外出したまま拉致される。平成14年10月帰国
蓮池 祐木子さん
はすいけ・ゆきこ (旧姓:奥土)
拉致年月日 昭和53年7月31日
当時 22歳
拉致された場所
新潟県
拉致被害者の蓮池薫さんと待ち合わせをしていると言って、出かけ、拉致される。平成14年10月帰国
田中 実さん
たなか・みのる
拉致年月日 昭和53年6月ごろ
当時 28歳
拉致された場所
欧州に向け出国後、拉致
欧州に向け出国した後、拉致される。安否は未確認(北朝鮮は入境を否定)
松本 京子さん
まつもと・きょうこ
拉致年月日 昭和52年10月21日
当時 29歳
拉致された場所
鳥取県
自宅近くの編み物教室に向かったまま拉致される。安否は未確認(北朝鮮は入境を否定)
地村 保志さん
ちむら・やすし
拉致年月日 昭和53年7月7日
当時 23歳
拉致された場所
福井県
「(拉致被害者の)濱本(地村)富貴恵さんと二人でデートに行く」と言って出かけ、拉致される。平成14年10月帰国
地村 富貴恵さん
ちむら・ふきえ (旧姓:濱本)
拉致年月日 昭和53年7月7日
当時 23歳
拉致された場所
福井県
「(拉致被害者の)地村保志さんと二人でデートに行く」と言って出かけ、拉致される。平成14年10月帰国
田口 八重子さん
たぐち・やえこ
拉致年月日 昭和53年6月ごろ
当時 22歳
拉致された場所は不明
安否は未確認(北朝鮮は「交通事故で死亡」と主張)
原 敕晁さん
はら・ただあき
拉致年月日 昭和55年6月中旬
当時 43歳
拉致された場所
宮崎県
宮崎県内で拉致される。安否は未確認(北朝鮮は「肝硬変」で死亡と主張)
市川 修一さん
いちかわ・しゅういち
拉致年月日 昭和53年8月12日
当時 23歳
拉致された場所
鹿児島県
「(拉致被害者の増元るみ子さんと)浜に夕日を見に行く」と言って出かけ拉致される。安否は未確認(北朝鮮は「心臓麻痺で死亡」と主張)
増元 るみ子さん
ますもと・るみこ
拉致年月日 昭和53年8月12日
当時 24歳
拉致された場所
鹿児島県
「(拉致被害者の市川修一さんと)浜に夕日を見に行く」と言って出かけ拉致される。安否は未確認(北朝鮮は「心臓病で死亡」と主張)
有本 恵子さん
ありもと・けいこ
拉致年月日 昭和58年7月ごろ
当時 23歳
拉致された場所
欧州
語学留学先の欧州滞在中に拉致される。安否は未確認(北朝鮮は「ガス事故で死亡」と主張)
松木 薫さん
まつき・かおる
拉致年月日 昭和55年5月ごろ
当時 26歳
拉致された場所
欧州
欧州滞在中に拉致される。安否は未確認(北朝鮮は「交通事故で死亡」と主張)
石岡 亨さん
いしおか・とおる
拉致年月日 昭和55年5月ごろ
当時 22歳
拉致された場所
欧州
欧州滞在中に拉致される。安否は未確認(北朝鮮は「ガス事故で死亡」と主張)
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田口八重子さんの年譜
昭和30(1955)年8月
埼玉県川口市に生まれる
昭和53(1978)年6月
東京・池袋の飲食店に勤めていた頃(当時22歳)、北朝鮮に拉致される
昭和56~58(1981~83)年
大韓航空機爆破事件(1987年11月29日)の実行犯である金賢姫(キム・ヒョンヒ)元工作員と同居生活
平成14(2002)年9月17日
日朝首脳会談で北朝鮮側が「死亡」と説明
平成21(2009)年3月
韓国・釜山で田口さんの長男、飯塚耕一郎さんらが金賢姫元工作員と面会
令和3(2021)年12月
兄で拉致被害者家族会の前代表・飯塚繁雄さんが死去
有本恵子さんの年譜
昭和35(1960)年1月
神戸市に生まれる
昭和57(1982)年
英国に留学
昭和58(1983)年5月
よど号乗っ取り犯グループのメンバーの元妻が、恵子さん(当時23歳)が通っていたロンドンの語学学校に潜り込んで接触
昭和58(1983)年7月
よど号犯メンバーの元妻が恵子さんをデンマーク・コペンハーゲンへ案内して北朝鮮工作員らと合流、「貿易関連の仕事がある」などと虚偽の説明をして北朝鮮へ拉致。昭和55(1980)年には、留学などでスペインを訪れていた松木薫さん=当時26歳、石岡亨さん=同22歳=がそれぞれ拉致され、警察当局はよど号犯別メンバーの元妻らが関与したと断定、国際手配している
昭和63(1988)年9月
石岡さんから「恵子さん、薫さんと北朝鮮の平壌で暮らしている」と記された手紙が石岡さんの札幌市内の実家に届き、有本さんら3人が北朝鮮にいることが判明した
平成14(2002)年9月17日
日朝首脳会談で北朝鮮側が「死亡」と説明
平成23(2011)年5月
米人権擁護組織が報告書「北朝鮮でなお生存の可能性」
令和2(2020)年2月
母・有本嘉代子さんが死去
横田めぐみさんの年譜
昭和39(1964)年10月
名古屋市に生まれる

昭和43(1968)年8月
双子の弟、拓也さんと哲也さんが生まれる

昭和51(1976)年7月
新潟県に転居

昭和52(1977)年11月
中学校からの帰宅途中に拉致される(当時13歳)

平成14(2002)年9月17日
日朝首脳会談で北朝鮮側が「死亡」と説明

平成16(2004)年11月
北朝鮮がめぐみさんのものとする「遺骨」を提出

平成16(2004)年12月
「遺骨」は別人の物と判明

平成19(2007)年11月
父の横田滋さんが拉致被害者家族会代表を退任

平成26(2014)年3月
滋さん、母の早紀江さんがモンゴルでめぐみさんの娘のキム・ウンギョンさんらと面会

令和2(2020)年6月
滋さんが死去

再会かなわず逝去された方々
平成14(2002)年10月
増元正一さん 79歳
増元るみ子さんの父
平成20(2008)年11月
市川トミさん 91歳
市川修一さんの母
平成24(2012)年11月
松本三江さん 89歳
松本京子さんの母
平成26(2014)年1月
松木スナヨさん 92歳
松木薫さんの母
平成26(2014)年5月
飯塚進さん 72歳
田口八重子さんの兄
平成26(2014)年8月
市川平さん 99歳
市川修一さんの父
平成29(2017)年12月
増元信子さん 90歳
増元るみ子さんの母
令和2(2020)年2月
有本嘉代子さん 94歳
有本恵子さんの母
令和2(2020)年6月
横田滋さん 87歳
横田めぐみさんの父
令和3(2021)年12月
飯塚繁雄さん 83歳
田口八重子さんの兄

北朝鮮拉致問題


年表スクロールで見る北の蛮行

いまから約45 1カ月前
昭和52(1977)年
9/19

久米裕さんが拉致される

久米裕さん(当時52歳)が石川県宇出津海岸付近にて拉致される
昭和52(1977)年
10/21

松本京子さんが拉致される

松本京子さん(当時29歳)が鳥取県内の自宅近くの編み物教室に向かい、拉致される
昭和52(1977)年
11/15

横田めぐみさんが拉致される

横田めぐみさんは当時13歳。新潟市において中学校からの下校途中に拉致される
昭和53(1978)年
6月
ごろ

田中実さんが拉致される

田中実さん(当時28歳)が欧州に向け出国した後、北朝鮮に拉致される
昭和53(1978)年
6月
ごろ

田口八重子さんが拉致される

田口八重子さんは当時22歳。北朝鮮に拉致される
昭和53(1978)年
7/7

地村保志さん・富貴恵さん夫妻が拉致される

地村保志さん(当時23歳)が「濱本(地村)富貴恵さん=当時23歳=と2人でデートに行く」と言って出かけ、拉致される。平成14年10月に帰国

昭和53(1978)年
7/31

蓮池薫さん・祐木子さん夫妻が拉致される

蓮池薫さんは当時20歳、祐木子さんは当時22歳。新潟県柏崎市で拉致される。平成14年10月に帰国

昭和53(1978)年
8/12

市川修一さん、増元るみ子さんが拉致される

市川修一さん(当時23歳)が「(増元るみ子さん=当時24歳=と)浜に夕日を見に行く」と言って出かけ、拉致される

昭和53(1978)年
8/12

曽我ひとみさんと母のミヨシさんが拉致される

曽我ひとみさんは当時19歳。「(母のミヨシさん=当時46歳=と)2人で買い物に行く」と言って出かけ、拉致される。ひとみさんは平成14年10月に帰国した

昭和55(1980)年
5月
ごろ

松木薫さんと石岡亨さんが拉致される

松木薫さん(当時26歳)と石岡亨さん(当時22歳)がいずれも欧州滞在中に拉致される

昭和55年(1980)年
6月
中旬

原敕晁さんが拉致される

原敕晁さん(当時43歳)が宮崎県内で拉致される
昭和58(1983)年
7月
ごろ

有本恵子さんが拉致される

有本恵子さん(当時23歳)が欧州滞在中に拉致される
昭和62(1987)年
11/29

大韓航空機爆破事件

大韓航空機爆破事件の実行犯だった金賢姫(キム・ヒョンヒ)元工作員が後に日本人拉致被害者の田口八重子さんが教育係だったと証言
昭和63(1988)年
3/26

拉致疑惑、政府が初めて認める

梶山静六国家公安委員長が国会答弁で拉致疑惑の存在を政府として初めて認める
平成6(1994)年
7/8

金日成主席が死去

北朝鮮の金日成(キム・イルソン)主席が82歳で死去
平成9(1997)年
2/3

「横田めぐみさん拉致」を報道

産経新聞などが横田めぐみさんが北朝鮮に拉致されたと報道
平成9(1997)年
3/25

拉致被害者家族連絡会を結成

「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」(家族会)を結成。代表に横田滋さん(めぐみさん父)
平成12(2000)年
6/13
~15

南北首脳が初の会談

北朝鮮・平壌で金正日(キム・ジョンイル)総書記と韓国の金大中(キム・デジュン)大統領が初の南北首脳会談
平成14(2002)年
9/17

北が拉致認める、日朝平壌宣言を発表

北朝鮮・平壌で小泉純一郎首相と金正日氏による日朝首脳会談を実施、北朝鮮が日本人拉致を認める。拉致問題などを解決し国交正常化を実現するとした日朝平壌宣言を発表
平成14(2002)年
10/15

拉致被害者5人が帰国

地村保志さん・富貴恵さん夫妻、蓮池薫さん・祐木子さん夫妻、曽我ひとみさんの拉致被害者5人が北朝鮮から帰国
平成14(2002)年
10/27

北朝鮮に戻らない方針表明

政府が、帰国した5人が北朝鮮に戻らない方針を表明
平成15(2003)年
5/7

国民大集会に1万人以上

北朝鮮による拉致被害者らの救出を訴える国民大集会を開催。1万人以上が集まる
平成16(2004)年
5/22

2度目の日朝首脳会談

小泉首相が平壌で金正日氏と2回目の首脳会談。地村家、蓮池家の子供計5人が帰国
平成16(2004)年
6/2

拉致問題特別委員会を設置

参院に拉致問題特別委員会設置。11月には衆院にも設置
平成16(2004)年
7月

曽我ひとみさんの夫と娘が日本へ

曽我ひとみさんが夫と娘2人とインドネシアで再会後、一家で日本へ
平成16(2004)年
8~
11月

北朝鮮が「遺骨」を提出

日朝実務者協議が3回開かれる。11月の第3回で、北朝鮮が横田めぐみさんの「遺骨」を提出
平成16(2004)年
12/8

「遺骨」は偽物と判明

11月の日朝実務者協議で北朝鮮側が横田めぐみさんのものとして提供してきた「遺骨」がDNA鑑定の結果、偽物と判明
平成18(2006)年
9/29

拉致問題対策本部を設置

内閣府に拉致問題対策本部を設置。本部長は麻生太郎首相
平成19(2007)年
11/24

横田滋さん、家族会代表退任

家族会代表の横田滋さんが退任し、飯塚繁雄さん(田口八重子さん兄)が就く
平成21(2009)年
3/11

金賢姫氏、田口さん長男らと面会

田口八重子さんと北朝鮮で同居した金賢姫氏が韓国・釜山で田口さんの長男、飯塚耕一郎さんらと面会
平成22(2010)年
7/20
~23

金賢姫氏が初来日

金賢姫氏が初来日し、横田滋さん夫妻らに北朝鮮でめぐみさんと会った状況を説明
平成23(2011)年
12/17

金正日氏が死去

北朝鮮の最高指導者、金正日氏が69歳で死去。三男の正恩(キム・ジョンウン)氏が権力継承へ
平成26(2014)年
3月

横田さん夫妻が孫らと面会

横田滋さん、早紀江さん夫妻がモンゴルでめぐみさんの娘で孫のキム・ウンギョンさんとひ孫と面会

平成26(2014)年
5月

ストックホルム合意、拉致再調査を約束

日朝がストックホルム合意。北朝鮮は「拉致は解決済み」とする見解を改め、拉致被害者の再調査を約束。日本は独自の制裁を一部解除(写真は共同)
平成28(2016)年
2月

ストックホルム合意が決裂

北朝鮮が拉致問題を含む日本人に関する包括的調査の全面的中止と拉致問題の再調査を行う「特別調査委員会」を解体すると発表。ストックホルム合意が決裂
平成29(2017)年
11/29

金正恩氏が「国家核戦力完成」

北朝鮮が大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射を成功させたと発表し、金正恩氏が「国家核戦力完成」を宣言
平成30(2018)年
6/12

米大統領が拉致問題を提起

初の米朝首脳会談でトランプ米大統領が拉致問題を提起。シンガポール共同声明を発表した(写真はAP)。
平成31(2019)年
2/27
~28

米朝首脳が再会談、物別れ

ベトナム・ハノイで米朝首脳が再会談。米側が非核化に向けた具体的措置を求めたのに対し、金正恩氏は経済制裁の全面解除を迫ったため折り合えず、物別れに
令和2(2020)年
2/3

有本さんの母死去

有本嘉代子さん(恵子さん母)が死去
令和2(2020)年
6/5

横田滋さん死去

横田めぐみさんの父、滋さんが死去
令和3(2021)年
12/11

家族会代表に横田拓也さん

家族会代表の飯塚繁雄さんが退任し、横田拓也さん(めぐみさんの弟)が就く
令和3(2021)年
12/18

飯塚繁雄さんが死去

田口八重子さんの兄、飯塚繁雄さんが死去
令和4(2022)年
5/23

米大統領が被害者家族と面会

バイデン米大統領が拉致被害者家族と東京で面会(写真は内閣広報室提供)
令和4(2022)年
9/17

日朝首脳会談から20年

平成14年の日朝首脳会談から20年。岸田文雄首相は同年に拉致被害者5人が帰国して以降、事態が進展せず未解決となっている現状について「痛恨の極みだ。解決を強く求めるご家族の切迫感を政府として受け止めなければならない」と述べた
用語解説<閉じる>

有本さん拉致とよど号事件

よど号乗っ取り犯グループのメンバーの元妻が昭和58年5月、有本恵子さんが通っていた英国・ロンドンの語学学校に潜り込んで接触。同年7月に恵子さんをデンマーク・コペンハーゲンへ案内して北朝鮮工作員らと合流し、「貿易関連の仕事がある」などと虚偽の説明をして北朝鮮へ連れ去った。

55年には、留学などでスペインを訪れていた松木薫さん=拉致当時(26)、石岡亨さん=同(22)=がそれぞれ拉致され、警察当局は別メンバーの元妻らが関与したと断定。63年9月に石岡さんから「恵子さん、薫さんと北朝鮮の平壌で暮らしている」と記された手紙が札幌市内の実家に届き、3人が北朝鮮にいることが判明。日本人拉致事件のうち、これらは「欧州ルート」と呼ばれる。

大韓航空機爆破事件

115人が死亡した大韓航空機爆破事件は1987年11月29日に発生。バグダッド発ソウル行き大韓航空858便がミャンマー南方の洋上で爆発した。爆弾を機内に仕掛けた実行犯としてバーレーン空港で拘束されたのが「蜂谷真由美」名義の偽造日本旅券を持つ金賢姫工作員(当時)だった。

89年4月に死刑判決を受けたが、90年4月に韓国政府が特別赦免。「李恩恵(リ・ウネ)という日本人女性から日本人化教育を受けた。女性は拉致されてきた」と供述し、警察庁はこの女性が拉致被害者の田口八重子さんと断定した。

金賢姫元工作員

手記などによると、北朝鮮外交官の娘に生まれ、大学在学中に朝鮮労働党の工作機関に選抜された。1981年から1年8カ月間、拉致被害者の田口八重子さんから日本語や日本の習慣を学んだ。

乗客乗員115人が犠牲となった87年11月の大韓航空機爆破犯の一人で、「蜂谷真由美」名義の偽造旅券を使用。身柄を拘束され、韓国で死刑判決が確定。90年に特別赦免で釈放された。

初の南北首脳会談

韓国の金大中大統領が2000年6月13~15日に北朝鮮・平壌を訪れて金正日総書記と南北の指導者として初めて会談、離散家族の再会事業などで合意した。金大中氏は南北和解を促したなどとしてこの年のノーベル平和賞を受賞した。

初の日朝首脳会談

平成14(2002)年9月17日に小泉純一郎首相が日本の首相として初めて北朝鮮の平壌を訪問し、金正日総書記と首脳会談を行った。

金正日総書記が拉致を認め謝罪、「5人生存、8人死亡」の情報を伝えた。これを受け両首脳は国交正常化交渉再開やミサイル発射凍結延長を盛り込んだ日朝平壌宣言に署名した。

日朝平壌宣言

平成14(2002)年9月17日に北朝鮮・平壌で小泉純一郎首相と金正日総書記が署名した。拉致問題は「日本国民の生命と安全にかかわる懸案問題」と表現し「拉致」も「謝罪」の言葉も明記されず。北朝鮮は再発防止へ「適切な措置を取る」と約束した。

国交正常化交渉再開や「不幸な過去の清算」が明記された。日本は国交正常化後の経済協力を表明。核・ミサイル問題解決の必要性も確認した。

北朝鮮による拉致被害者5人の帰国

平成14(2002)年9月17日に小泉純一郎首相が訪朝し、金正日総書記と史上初の日朝首脳会談を実施。金総書記は拉致を認めて謝罪した。

約1カ月後の10月15日、新潟県柏崎市で拉致された蓮池薫さんと妻の祐木子さん、福井県小浜市で拉致された地村保志さんと妻の富貴恵さん、新潟県佐渡市で拉致された曽我ひとみさんの5人が24年ぶりに帰国した。

ストックホルム合意

北朝鮮が拉致被害者について全面的調査を実施する一方、日本側は独自制裁を一部解除する合意。2014年5月26~28日にスウェーデン・ストックホルムで開かれた日朝外務省局長級協議を経て、同29日に発表された。

合意を受けて北朝鮮は特別調査委員会を設置したが、2016年2月に一方的に解体。合意に盛り込まれた「調査状況の随時通報」も実行されなかった。

米朝首脳会談

ドナルド・トランプ米大統領と北朝鮮の金正恩国務委員長(朝鮮労働党委員長)は2018年6月12日、シンガポールで首脳会談を行い、「新たな米朝関係の構築に向けて取り組む」「北朝鮮は、2018年4月27日の『板門店(パンムンジョム)宣言』を再確認し、朝鮮半島の完全な非核化に向け取り組む」―などの共同声明を発表した。

シンガポール共同声明

2018年6月にシンガポールで開かれた史上初の米朝首脳会談後に発表された。米国は北朝鮮の安全を保証。文在寅(ムン・ジェイン)・金正恩両首脳が2018年に合意した「板門店宣言」を再確認し、北朝鮮は「朝鮮半島の非核化に向けた決意」を明記した。

特定失踪者

北朝鮮による拉致の可能性を排除できない行方不明者として、特定失踪者問題調査会が調査している。北朝鮮が日本人拉致を認めた平成14年の日朝首脳会談後に、行方不明者の家族から問い合わせが相次いだため、調査会が発足した。

調査会が独自にリストアップしている特定失踪者の数は約470人に上り、このうち約270人の氏名などを公開。うち77人を「拉致濃厚」としている。

日朝首脳会談から20年

めぐみへの手紙

横田めぐみさんの母、早紀江さんが北朝鮮に拉致された娘に語りかける。

≪お母さんは寂しさが募り、それを振り払いながら一生懸命、救出運動を頑張っていますよ。≫

≪止まった時間を取り戻したい。あなたを心から慈しみ、愛したお父さんは天国に召されましたが必ず、空から見守っています。同じ言葉を連ねるのが本当に申し訳なく、切ないですが、どうか生き抜いてほしい。抱き合えるその日が来ることを信じ、お母さんも命の炎を燃やします。≫

娘への思いが切々とつづられたこの連載を、国民一人一人の、できるだけ多くの人に読んでほしい。

「めぐみへの手紙」最新連載

▶甲子園短期大学(令和4年3月22日掲載)
学ぶ機会ないのが一番の問題
1回生・神戸優歌さん(19)  拉致問題について知ったのは小学生のころ、ニュースを見ていた両親からでした。中学、高校と年齢が上がるにつれ自身でもニュースを見るようになり、まだ未解決であることに驚きました。
 今、何をしているのか。どうなっているのか。何年も待ち続けて無事に帰ってくることを願っている人たちがいるにもかかわらず、学校では問題として挙げて学ぶ機会は滅多にありません。それが一番の問題だと思いました。
 戦争や地震について学ぶ機会はたくさんあります。拉致問題についても同じくらい機会があれば、日本の社会や政治も国民の意識も変わってくるのではないでしょうか。一刻も早くこの問題が解決の方向に向かうことを願っています。

返して、家族の元へ 日本へ
1回生・小林敬子さん(53)  ある日突然拉致され、連れて行かれることはどれだけ不安で、どれだけ恐怖で、暗闇から抜け出すことのできない日々を送っていたことでしょう。
 隣国なのにどうにもならない。拉致された日から横田さん家族の時間の流れは止まっている。どこにいるの、元気にしているの、暮らしは、食べているの、背は伸びたかしら、結婚したの、子供は…。こうした普通の会話、親子の何気ないおしゃべりをしたくても、めぐみさんの姿は13歳のまま。
 歴史背景や民族感情、政治で複雑なのは分かるけれど、そんなことは関係ない。めぐみさんを返して、家族の元へ。生まれた国、日本へ。めぐみさんに「おかえりなさい」と声をかける日が来ることを、私たちは信じています。

▶兵庫県加西市立泉中学校(令和4年3月22日掲載)
普通に過ごしてほしい
2年・林誉仁(たかと)さん(14)  僕はあなたが拉致された年齢とほとんど変わりません。自分は普通の人で、めぐみさんもきっと普通の人なのだと思います。たまたま自分は被害にあっていないだけなのだと思います。
 僕はめぐみさんに、日本に帰ってきて、自分の意志で生きて、普通に過ごしてほしいです。僕の思う「普通」は朝起きて、日曜日には布団につかまえられたりすること。なりたい職業に向かって頑張って、でもうまくいかないことがあって、それを食卓を囲んで家族と話し合ったりすること。家族と、友達と好きな時間や場所で話せる、遊べる、笑い合えること。そうなってほしいです。
 めぐみさんにとっての普通はどんなことですか? 僕と似ていたらうれしいです。

解決へ あせりを持って行動
2年・楠田麻乃(まの)さん(14)  私たちとほぼ同じ中学1年生で拉致され、それから45年近くも北朝鮮で知らない人たちとの生活を強いられているのは、とても辛(つら)く怖いことだと思います。
 調べるまでは、拉致についてほとんど知らなかったり行動を起こしたりもしていませんでした。学んだ今、伝えて広めていくのは私たちです。風化させないようにしなければならないと強く思いました。声に出し、主張することで日本政府にも訴えていけるようにしたいです。
 みなさんの思いや恐怖を想像し、あせりを持って行動し、少しでも早く人権についての理解が広がるようにしたいと思います。家族での普通の生活が一気に崩れ、日本へ帰れない現状はとてもしんどいものだと思いますが、どうか諦めずに生きてください。

▶東京都世田谷区立中学校 >令和4年3月22日掲載
平和な世の中にしたい
1年・松下和輝さん(13)  めぐみさんは私と同じ年のときに拉致されたことを知りました。いきなり人を連れ去るなんて、かわいそうではとても言い表すことができないと思います。私の母は時々、もし私が連れ去られたらどうしようという話をします。
 拉致のせいで苦しんでいる人、悲しんでいる人、どうにかして家族を取り戻そうとしている人、拉致のために人生を狂わされた人がたくさんいる。
 このようなことはあってはならないのに、(めぐみさんのものだとする)偽の遺骨を送りつけたりする残酷な行動をする北朝鮮をとても許せません。このようなことが二度とない平和な世の中にしたいと思います。

自分が同じ目にあったらと想像
1年・豊島志織さん(13)  めぐみさん、こんにちは。今、何をしていますか。私は学校でめぐみさんのことや拉致被害者について知りました。
 めぐみさんが元気でいると57歳ですね。新聞で見ためぐみさんは桜の木の下で制服を着て、かわいらしい姿で立っています。めぐみさんのご両親にとって、めぐみさんはいつまでも中学生のままなのでしょう。テレビで見かけるめぐみさんのお母さんはめぐみさんのことを話すとき、小さな子供に話しかけるような優しい話し方だと思いました。
 自分が同じような目にあったら、知らない土地に連れて行かれた恐怖と大切な家族と引き裂かれた悲しみで耐えられないと思いました。
 めぐみさんのお父さんは天国に行ってしまいましたが、お母さんに意志が引き継がれ、一日でも早くこの問題が解決することを願っています。

▶さいたま市立新開小学校 >令和4年3月22日掲載
心の中で見守っています
4年・猪股凛太朗さん(10)  ずっとずっと、家族に会いたい気持ちでいると思います。ぼくがあなたの立場だったら、ぼくが思う気持ちは一つだと思います。それは「お母さんから生まれてきたから、お母さんは心の中にいるよ。ぼくも、お母さんの心の中にいるよ」という気持ちです。
 めぐみさんの心にお母さんがいて、いつもめぐみさんのことを見守っています。ほかにも、みんなもぼくもいつも心の中で見守っています。
 めぐみさんが遠くにいても、絶対に一人じゃありません。お父さんやお母さん、ぼくも、みんないつもめぐみさんの近くにいます。みんなついています。

元通りの生活をしんじる
3年・小林亮太さん(9)  ぼくはめぐみさんのことが心配です。めぐみさんの知人や家族もあなたのぶ事をいのっています。日本のみんなが、めぐみさんのぶ事をいのっています。
 今、めぐみさんは大じょうぶですか。とつぜんつれさられてとてもおどろき、悲しかったと思います。つらい中、それをこらえるめぐみさんはすごいと思います。
 44年間、めぐみさんのゆくえはぼくたちには分かりません。でもいつかかならず日本に帰って、お母さんに「ただいま」と言って、元通りの生活になって、楽しいくらしを送れるとしんじています。だれもが、あなたが生きて帰ってくる事をねがっています。

▶千葉県八街市立朝陽小学校 >令和4年3月22日掲載
日本のみんなも心配している
5年・藤井圭冴(けいご)さん(11)  ぼくは、めぐみさんのことのニュースを見て、めぐみさんを苦しめた北朝鮮が許せないと強く思いました。
 めぐみさんの気持ちは全部は分からないけれども、あなたの家族はずっと心配しているし、日本のみんなも心配しています。めぐみさんの家族は、めぐみさんに会いたいと思って活動を続けています。その活動は、すごく心に響きました。
 めぐみさんの気持ちで考えると、だれでも、よく分からない場所にいたら不安でいっぱいだと思いました。必ず帰ってくることを願っています。ぼくはそう信じています。めぐみさん、「がんばれ」。

「頑張ったね」言ってあげたい
5年・高橋向日葵(ひまり)さん(11)  めぐみさん、お元気ですか。めぐみさんや他の人が北朝鮮に拉致されているのを、学校の授業で知りました。
 今でも、拉致問題を解決しようとたくさんの人が取り組んでいます。私は拉致された人たちがみんな無事に戻れることを祈っています。つらいことも苦しいこともあるだろうけど、どうか頑張って乗りこえてください。私たちも拉致された人が無事に戻ってこられるように頑張ります。
 私が今、自分でできることはあまりないかもしれないけれど、いつか無事に戻ってきたら「頑張ったね」「つらかったね」と言ってあげたいです。私は、いつかそう言える日がくることを信じています。

東京都町田市立鶴川中学校 >令和4年1月1日掲載

被害者の一人一人に家族がいる
高橋侑里(ゆうり)(13)  めぐみさん、お元気ですか。私は今まで、あなたの存在を知りませんでした。そして、めぐみさんの拉致を取り上げたアニメを見ても、「昔の話だし、私は大丈夫」と、最初は思いました。
 でも、自分のことに置き換えて考えてみたとき、とても恐ろしく、ぞっとしました。無理やり連れ去るだけでなく、だまして連れていくというケースもあったと知り、ひとごとではないと実感しました。私も被害にあっていたかもしれない、という思いです。
 めぐみさんのご家族やご友人の方々は、悲しい気持ちでいます。拉致を命令した人はなぜ、被害者の一人一人に家族がいて、多くの人が悲しむことになると、気づかなかったのか。疑問に思います。
 めぐみさんが拉致された当時と、私は同じ年齢です。40年以上の月日が過ぎてもなお、解決していないこの事件を心に刻み、次の世代にもつなげたいと思います。決して、忘れてはいけません。
 めぐみさんが早く日本に帰ってくることを、心から願っています。

人に伝える積み重ねが力になる
山本麗(うらら)(13)  めぐみさん、こんにちは。北朝鮮に拉致されて以降、家族や友達にも会えず、苦しみや不安でいっぱいの時間を過ごされてきたと思います。北朝鮮では、工作員に日本語を教えるなどの役割をさせられたと知りました。
 めぐみさんはもちろん、ほかの拉致被害者の方にとっても、自由なはずだった人生が突然、奪われてしまうなんて、あってはいけないことです。令和2年、めぐみさんのお父さんの滋さんが亡くなられました。署名活動や講演会など、救出に向けて必死で闘う姿をニュースなどで以前から見ていました。
 めぐみさんに会えないままとなり、私は、とても悔しいと思うとともに、救出を訴える人が少なくなってしまうのではないかと、不安にも感じました。
 一刻も早くめぐみさん、ほかの全ての拉致被害者を救い出したいです。今は多くのことはできませんが、自分が授業などを通じて学んだことをたくさんの人に伝えていきます。そういう積み重ねが、きっと大きな力になっていくのだと思います。

当たり前が当たり前ではない
小池善稀(よしき)(13)  めぐみさん、僕はあなたが生きていると信じています。
 朝に「おはよう」と家族にあいさつし、「いただきます」と言ってご飯を食べて、「行ってきます」と学校へ向かう。帰ったら「ただいま」と伝える。そんな当たり前の生活が、当たり前ではないということが、めぐみさんの拉致を学ぶうちに分かりました。
 北朝鮮は、めぐみさんの全ての「当たり前」を奪ったのですね。
 北朝鮮という、日本から離れた場所ではあるけれど、めぐみさんが私たちと同じ空を見上げ、生きていると信じています。

まずは問題を知ることが大事
真船稜大(りょうだい)(13)  めぐみさん、こんにちは。私は北朝鮮による拉致問題について、詳しい内容は知りませんでした。多くの日本人が拉致され、帰ってこられた人がわずかしかいないことを学び、驚きました。
 めぐみさんを含め、連れ去られたままの人たちを日本へ帰してもらわないといけません。きっとたくさんの力が必要で、まずは多くの人がこの問題を知ることが大事だと思います。理解者が増えれば、やがて大きな力となり、国や世界を動かすことができるはずです。
 地道な努力を続けることが大事です。いつか日本と北朝鮮の関係が改善する日が来ることを信じています。

近畿大短期大学部(大阪府) >令和3年9月15日掲載

理解のなさを恐ろしく思う
1年 川角冴楽(さえら)(19)  北朝鮮で頑張ってきた横田めぐみさん。少しでもあなたの希望となることを願って手紙を送ります。
 私は先日、大学の講義で拉致問題について学びました。罪のない人々の日常が突然奪われてしまった事実をとても悲しく感じました。そして、私自身が拉致問題の内容や被害の大きさをよく理解していなかったことを恐ろしく思いました。
 少しでも早く解決に導くためには、自分に関係のある問題だと皆が認識し、声を上げ続けることが必要だと考えています。時間とともに忘れられれば、解決どころか同じことが繰り返されるかもしれません。めぐみさんとご家族の止まってしまった時間が再び動き出すために、悲しい思いをする人がこれ以上増えないために、一刻も早く解決しなければなりません。
 あなたが無事帰ってくることを願い、活動している人はたくさんいます。無事、家族の元へ帰ってこられた被害者の方もいます。あなたのご家族もめぐみさんに会うことを諦めていません。希望を持ち続けてほしいです。
 私は今ある生活が当たり前でないことを感じたと同時に、めぐみさんとご家族にも当たり前の生活があってほしかったと思いました。一日でも早く、めぐみさんがご家族の元へ帰ってこられることを願っています。

若い世代にも伝えなければ
1年 但馬姫花(ひめか)(18)  めぐみさん、今あなたはどんな景色を見て、どんな生活を送っていますか? 日本では、めぐみさんのご家族やたくさんの方があなたの帰りを願い、活動しています。
 私があなたを知ったのは小学生の頃でした。幼かった当時は北朝鮮による拉致問題について、あまり理解することができませんでした。ですが、今、大学生となり、衝撃的で想像もできない事件だと痛感しました。あの時からめぐみさんと家族との時間は止まってしまった。その悲しみや怒りは、日本中の人々が共有し、決して忘れてはいけないことです。
 微力ですが、私はいつまでもあなたの帰りを心から願い、できる活動に協力したい。私のように力はないけれど、強い思いを持った日本国民が数多くいることも忘れないでください。
 北朝鮮による拉致問題は、世界的にも重大な問題です。私たちを含めて若い世代にも伝えていかなければならず、絶対に風化させてはいけません。  拉致問題について深く考え、自分なりの考えを持つことが大切だと感じました。
 めぐみさんの一日も早い帰国を切に願っています。

政府は世界と力尽くして
1年 長田凪(なぎ)(19)  私は幼い時からめぐみさんのことをニュースで何度も聞いていました。めぐみさん、あなたはとても強い人なんですね。13歳という年齢で北朝鮮へ連れ去られ、突如日常を奪われて家族と引き離されたのにもかかわらず、必死に生き抜いておられて。私ならきっとそんなに強くいられないと思います。  めぐみさんに伝えたいことがあります。早紀江さんや弟さん方、ご友人は諦めずにめぐみさんのことを思って日々過ごされています。めぐみさんの帰国につながるように行動されています。日本で笑って暮らせる希望を、決して捨てないでください。
 「拉致」は人権侵害であり、日本だけでなく世界中でも何人もが被害に遭っています。ご家族にとっては、一人一人が大切でかけがえのない存在です。こんなことは起きてはならなかったし、これからも決して起きてはいけないことだと思いました。
 一日でも早く拉致問題が解決してほしい。そのために今できることは、誰もが深く知る機会をつくることです。今後、世界中で協力し日本政府にも拉致被害者のために力を尽くしてほしいです。
 私にも何かできることがあれば積極的に行動しようと思います。
 めぐみさんが帰国し、笑顔でご家族と再会できる日を心から願っています。

帰り待つ人がたくさんいる
1年 藤井梓乃(しの)(19)  横田めぐみさん、あなたを助けたいと活動している方がたくさんいることを知ってもらうために、お手紙を書いています。
 私は授業であなたのことを聞くまでは、日本で拉致問題が未解決であることを知りませんでした。拉致問題の恐ろしさと、たくさんの被害者が苦しんでいることを痛感しました。それと同時に、拉致問題について無知だった自分が情けなくなりました。
 今、めぐみさんは私が経験したことがない不安と心細さを感じていることと思います。そして、お父さんとお母さんも、めぐみさんがいなくなってしまったあの日から日常が変わってしまったでしょう。
 一刻も早く、あなたをご家族に会わせてあげたいと活動している方がたくさんいます。私も少しでもめぐみさんの助けになれるよう活動していきたいと思います。多くの人が、あなたが無事に帰ってこられることを願っています。何年たっても、あなたのことを忘れません。あなたの帰りを待つ人がどんどん増えていることを知ってもらいたいです。あなたが今も無事で健康であること、そしてご家族と再会できることを、心から願っています。


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