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古賀玄暉、亡き父の「思い背負って」頂点

柔道・全日本選抜体重別選手権 男子60キロ級優勝インタビューで、急逝した父稔彦を思い、涙を見せる古賀玄暉=福岡国際センター
柔道・全日本選抜体重別選手権 男子60キロ級優勝インタビューで、急逝した父稔彦を思い、涙を見せる古賀玄暉=福岡国際センター

 柔道の世界選手権(6月・ブダペスト)代表最終選考会を兼ねた全日本選抜体重別選手権最終日は4日、男子7階級が行われ、60キロ級は1992年バルセロナ五輪男子71キロ級覇者で3月24日に53歳で死去した古賀稔彦さんの次男、古賀玄暉(こが・げんき)が初優勝した。

 大技、小技、捨て身技が飛び交う乱戦は10分を超えた。男子60キロ級の決勝。左膝に痛みを抱え、肩で息する古賀を突き動かしたのは「思い」だったという。

 「自分の気持ち、プラス父の思いがあった」

 3月に左膝を負傷してから、今大会までわずか2週間。その間、病床に伏した父を看取った。バルセロナ五輪71キロ級王者の稔彦氏だ。自身はこの春に大学を卒業し、旭化成に入社したばかり。「(父への)恩返しは社会人になってから」との甘さを悔いた。

 通夜と告別式が営まれた日、黙々と走り続けたのは「努力しろと、父に言われた気がしたから」。痛みに顔をゆがめながらの減量に「今まで以上に覚悟を強く持つことができた」とも。

 試合の度、水火をくぐるような苦闘を重ねる22歳に、「平成の三四郎」とうたわれた父の華やかさはない。だが、「無理してでも出たかった」と今大会に懸けた粘着力は、若者を裏切らなかった。決着をつけたのは、相手の体を巻き取るように放った変則の肩車。「勝負するならこの技」と磨き抜いた一撃だ。

 表彰台の上、若者の頬は汗ではないものにぬれていた。世界選手権の代表入りを果たし、「これからは担ぎ技もしっかりやりたい。父の思いも背負って」。3年後のパリ五輪へ確かな一歩を刻んだ日。「古賀の息子」が、一人の男へと生まれ変わった日でもある。

(森田景史)

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