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【鬼筆のスポ魂】選手の総意を退けた闘将の選択 植村徹也

楽天を日本一に導き、胴上げされる星野仙一監督 
楽天を日本一に導き、胴上げされる星野仙一監督 

 緊急事態や異常事態に直面した際、いかにベストな選択を決断できるのか。組織のリーダーの資質はその時に問われる。あの時、闘将が選手たちの要望を止めたことと、プロ野球楽天が2年後に球団初のパ・リーグ制覇、日本一達成を成し遂げたことは、無縁ではない気が今でもする。

 10年前の2011年3月11日、午後2時46分ごろに発生した東日本大震災。マグニチュード(M)9・0の大地震により、広範囲で大きな揺れや津波、火災などが起こり、東京電力福島第1原発ではメルトダウンが発生。東北地方を中心に、死者、行方不明、震災関連死は計約2万2千人にのぼる。

 震災発生時、仙台市を本拠とする楽天は兵庫県明石市でロッテとのオープン戦を戦っていた。七回終了後に地震発生が伝えられ、八回表で試合は打ち切りとなった。オープン戦は18日に再開するまで中止。その後もチームは関東、関西、福岡、札幌と転戦した。

 チーム内では、仙台への一刻も早い帰郷を望む声がわき上がっていた。残してきた家族のことが心配なのは当然。自宅付近の被災状況を自分の目で確認したい…との思いも理解できる。

 プロ野球選手会の会長でもあった嶋基宏捕手(現ヤクルト)は、選手の総意として、星野仙一監督に「仙台に帰してください」と伝えた。しかし、星野監督は要望を受け付けなかった。一刻も早く家族や友人に会いたい、被災した地元のファンを助けたい…という選手の思いを、闘将はなぜ聞き入れなかったのか-。

 「嶋が言うてきたんや。一度、仙台に帰してほしいと…。選手みんなが同じ思いやと…。ワシはアカンと言うた。あの時、まだ交通網が遮断されていて、ホンマに帰れるのかも分からなかった。それにワシらがあの時、仙台に帰っても何もできんやろ。それなら、シーズン開幕に向けて野球に集中すべきや。ワシらが東北の人たちやファンのためにできることは、野球に集中して勝つことだけや」

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