PR

スポーツ スポーツ

【勇者の物語~「虎番疾風録」番外編~田所龍一】(184)吹雪の中の悲劇 名馬テンポイント レース中に骨折

骨折した左後脚を痛そうに上げるテンポイント。左は鹿戸騎手=京都競馬場
骨折した左後脚を痛そうに上げるテンポイント。左は鹿戸騎手=京都競馬場

 昭和53年1月、筆者には忘れられない出来事がある。当時、筆者は大学3年生。サンケイスポーツで「受稿」のアルバイトをしていた。運動部の隣にレース部があった。

 22日、突然、レース部で悲鳴に似た叫び声が起こった。デスクたちが全員立ち上がり、口に手を当て数台あるテレビを見つめている。そこにはブラブラになった左の後脚を上げ、騎手に首を撫でられている競走馬の姿が映し出されていた。

 馬の名前はテンポイント(牡6歳)。前年(52年)12月18日の「有馬記念」でライバルのトウショウボーイと終始競り合い、直線で3/4馬身抑えて日本一の座に就いた同年の年度代表馬である。

 悲劇は粉雪が吹雪のように舞う京都競馬場で起こった。最高気温2・1度、最低気温マイナス1度。

 メインレースの「日経新春杯」に出走したテンポイントはスタートから快走。3コーナーまで先頭を走っていた。ちょうど3Fの標識を過ぎ、4コーナーの植え込みにさしかかったときだ。ガクンとバランスを崩した。

 鞍上の鹿戸明騎手は右トモを見た。異常はない。そして左トモ…。骨が飛び出し血が噴き出している。テンポイントはそれでも負けまいと走ろうとしていた。鹿戸は馬を止めすぐに下馬した。

 競走馬が再起不能の骨折をすると即日、殺処分(薬殺)される。麻酔が切れると痛さで暴れ、中には発狂する馬もいる。何日も何日も片方の脚で支えていると、無事な脚にも負担がかかり、蹄(ひづめ)の炎症(蹄葉炎=ていようえん)を発症する。横になっても500キロ近い体重、すぐに床ずれが起こり皮がむけ、そこから黴菌(ばいきん)が入り込む。苦しんで死ぬのなら、安楽死の道を取るのが「馬のため」といわれていた。ケンケンをするように馬運車に乗り込んだテンポイントの運命もまた…。

 翌23日のサンケイスポーツには大の馬好きで知られていたタレント・大橋巨泉氏のコメントが掲載された。

 「恥ずかしさと悲しさと失望で物を言う気にもなれない。一番悪いのはこんな真冬に競馬をやること。雪の降る中で競馬をして骨折したと聞いたら、英国や仏国の調教師たちは、日本を軽蔑するだろう。賞金獲得のためかどうかは知らないが、レースに使った関係者のホースマンとしての考え方には疑問がある」

(敬称略)

関連トピックス

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ