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【鬼筆のスポ魂】「オール楽天」で田中の日本復帰が実現 広告価値高く 植村徹也

三木谷浩史球団オーナー(左)からユニホームを手渡される楽天・田中将大投手(右)=東京都内(土谷創造撮影)
三木谷浩史球団オーナー(左)からユニホームを手渡される楽天・田中将大投手(右)=東京都内(土谷創造撮影)

 田中将大(まさひろ)投手(32)の8年ぶりの復帰を実現させた“秘策”は、楽天本社と球団による「パッケージ契約」だったのかもしれない。

 春季キャンプ直前、日本球界復帰を発表した田中は1月30日の記者会見で「また(日本の)野球ファンのみなさんの前でマウンドに上がって、投げられる。ワクワクが抑えられない状態です。本当に今まで考えたことがないくらい考え、悩みに悩み抜いた。でも、やはり『自分にとって意味のあるタイミングなんじゃないか』と思った。今まで以上に(東日本大震災の被災者の)近くにいられることで、僕にできることがたくさんあるかもしれない」と胸中を明かした。

 7シーズンで通算78勝をマークした米大リーグのヤンキースをフリーエージェント(FA)になって以降、再契約を模索しながらも、一方では新たな選択肢の中に「日本の球団もある」と言い続けてきた。今年で東日本大震災の発生から節目の10年。ヤンキースに移籍後も被災地訪問やチャリティー活動など復興支援を続けてきた姿勢こそが、古巣復帰を決めた大きな柱だったかもしれない。

 ただし、プロの世界はそんなきれいごとだけで話は収まらない。田中は2014年1月、ポスティングシステムを行使してヤンキースに移籍した。その時の契約内容は総額1億5500万ドル(当時のレートで約155億円)の7年契約。単純に1年ごとの金額に換算すると、年俸22億円となる。今オフ、フリーになったのは7年契約が終了し、再契約をヤンキース側が望まなかったからだ(金額はすべて推定)。

 メジャー残留も視野に入れながら、田中と楽天の交渉はどのように進められたのか。実は田中はメジャー球団との交渉は代理人に任せる一方で、楽天との条件交渉は自身で進めていた。

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