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【井崎脩五郎のおもしろ競馬学】半世紀前インフル禍のレースが総裁選を予言?

 「競馬は、コロナ騒ぎのなかで、よく無事にやってますよね」

 そういう声をよくかけられる。開催続行は幸運というしかない。

 「昔の、インフルエンザ騒動のときは、休みが長かったもんねえ」とも言われる。

 そう、競馬は、馬のインフルエンザで長期にわたって中止になったことがあるのだ。もう50年ほど前の話だが、関東で馬のインフルエンザが蔓延(まんえん)し、1971年12月25日から、翌1972年2月26日まで、おおよそ3カ月間も関東の競馬は中央・地方とも開催中止となった。

 お達しで、関東からの馬の移動は禁止。レースに出られなかった。その間に関西の競馬は普通にやっていたから、これでは馬の修練に相当な開きができてしまう。

 そこで、例年なら春に行われるダービーを、夏の7月9日まで延ばした。しかし、修練の差はいかんともしがたく、ダービーでは、人気になっていたのも関西馬、上位を占めたのも関西馬だった。

 1着ロングエース (1番人気)関西

 2着ランドプリンス(2番人気)〃

 3着タイテエム  (3番人気)〃

 ああ、レース経験を積むことは、これほどまでに重要なんだなあと思ったものである。

 その後、トレーニング施設が充実し、実戦経験をそれほど積んでいない馬が、休み明けでダービーに出てきて、勝ってしまうようなことが起きるようになった。1996年のダービー馬フサイチコンコルドは、わずか2戦のキャリア、3カ月近い休み明けでのダービー制覇である。坂路調教などで負荷をかけられ、調教だけで馬が仕上がるようになったのだ。

 さて、前述したインフルエンザ後のダービーで苦杯をなめた関東馬は、3週間後の日本短波賞に集結。スガノホマレがイシノヒカルを差し切って勝っている。

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