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東京五輪年に生まれたレジェンドが東京パラ目指す…乳がんや種目変更の困難乗り越え

砲丸投げのトレーニングをする藤田真理子。左はトレーナーの小川出さん=大阪府門真市(恵守乾撮影)
砲丸投げのトレーニングをする藤田真理子。左はトレーナーの小川出さん=大阪府門真市(恵守乾撮影)

 東京パラリンピック(8月25日~9月6日)は25日、開幕まであと半年の節目を迎える。各競技で代表選手が決まる中、がんや種目変更の困難を乗り越えて出場を目指すレジェンドが大阪にいる。前回の東京五輪が開かれた昭和39年に生まれた陸上女子砲丸投げ(脳性まひF36)の日本記録保持者、藤田真理子(55)=オージースポーツ。3月に出場予定の大会で代表入りを決める覚悟だ。

東京五輪の年に生まれて

 「東京五輪の年に生まれた子供と、小さいときから言われてきた。縁を感じてきただけに、東京パラにはなにがなんでも出場したい」。30年以上に渡り、競技の第一線で活躍してきた藤田は強い思いを語る。

 障害者スポーツと出合ったのは、23歳のとき。友人に誘われて大阪市長居障害者スポーツセンター(同市東住吉区)で短距離走に挑戦したのがきっかけだった。「最初は体を動かすために取り組んだ。でも、とんとん拍子に大阪府代表に選ばれ、全国大会に出場することになった」と話す。

 62年の全国障害者スポーツ大会の200メートルと400メートルで優勝。翌年のソウルパラリンピックには、陸上100メートルや競泳100メートル自由形など計5種目に初出場した。そこで、レベルの高さに驚いた。「当時の日本ではありえないほど、世界の選手は高いパフォーマンスを追求していた。五輪にはない感動があった」と藤田。いつの間にか、もう一度パラの舞台に立つことが目標になっていた。

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