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【話の肖像画】福岡ソフトバンクホークス球団会長・王貞治(79)(2)WBCとイチローの存在

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第1回ワールド・ベースボール・クラシックの日本代表練習でイチロー(右)と=平成18年、福岡ヤフードーム
第1回ワールド・ベースボール・クラシックの日本代表練習でイチロー(右)と=平成18年、福岡ヤフードーム

 《2006年の第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で日本を初代王者に導いた。この大会のプロローグにはイチローさん(当時マリナーズ、現同会長付特別補佐兼インストラクター)の存在があった》

 イチローの存在は大きかったですね。僕はこのとき、チームのキャプテンは決めなかった。日本球界の精鋭集団なので、簡単には決められないのですが、彼のリーダーシップには助けられた。キャンプ初日(06年2月20日)、福岡ドームに集合して全員練習をした。ウオーミングアップして軽いダッシュが最初のメニューだったのですが、彼は1本目から全力疾走した。チームの代表的選手なら、まずはのんびりか、と思っていたら100%で走っていた。他の選手もビックリですよ。キャッチボールも全力でした。

 米国での2次リーグでは、イチローは米国の自宅から通っていたのですが、われわれが練習場に着く頃、もうグラウンドでガンガン打ち込んでいた。キャプテンは決めなかったけれど、イチローは一瞬にしてリーダーになっていました。

 彼は大リーグの最高峰で戦っていた。日本から遠く離れた米国では、常に“日本代表”という意識でいるとも聞いていた。何より一番勝利に飢えていた。不安に思う選手にも「メジャーの選手といったってたいしたことない」と話していたというし、われわれJAPANをひとつにしてくれました。これも彼が国を背負う重みを知っていたからこそだと思います。

 《野球に対する姿勢に感動…》

 WBCの後、何年かして神戸に彼の練習を見に行ったことがあります。年明けの1月、本来ならまだまだゆっくりしている時期なのにガンガン投げて、ガンガン打っていた。彼は日頃からそういうことができるような練習をやっているんですよ。もちろんストレッチも入念にやっていた。ただ素質だけでやっているのではないということを見ました。ズルズルするとか、手を抜くとかというのは一切ない。いきなり真剣でした。高い数字、成績を残している裏側には一切の妥協がない。野球に対する真摯(しんし)な姿勢を感じました。

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