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【虎番疾風録第3章】(84)「ドラ番記者」への誘い

 3年間の監督生活は苦悩の連続だった。高木、谷沢、大島ら主力選手が相次いでケガで倒れ、53年5位、54年は3位。そして55年は45勝76敗9分け、5位の阪神に9・5ゲーム差をつけられる最下位に終わった。

 退団会見で中監督は泣いた。

 「不本意な成績でした。私の力不足です。私のチームは潜りっぱなしの原子力潜水艦でした。その艦長だったわけですから、陸にあがったら周りをよく見て、ゆっくり歩きたい」

 こんなに早くユニホームを脱ぐのなら、1年ぐらい“ドラ番”になってもよかったかな…。新聞を手にふと、そう思った。     =敬称略   (田所龍一)

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