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【末續慎吾の哲学】勝敗を引き受ける覚悟

世界陸上2019の男子100メートル準決勝で敗退したサニブラウン・ハキーム(左)=9月28日、ドーハ(桐山弘太撮影)
世界陸上2019の男子100メートル準決勝で敗退したサニブラウン・ハキーム(左)=9月28日、ドーハ(桐山弘太撮影)

 レース前の選手を見ていると、いろいろと感じ取れるものがある。ぎりぎりの勝負をものにできるか、それとも負けてしまうのか。ある程度、その差を理解できるようになってきた。

 今秋、ドーハ世界陸上競技選手権のテレビ中継にアスリートゲストとして呼んでもらい、現地で男子短距離を中心にコメントした。その中で僕が「まずいな」と思ったのは、競技場に入ってきた100メートルの日本選手たちを見たとき、“怖さ”を感じなかったことだ。

 選手たちから勝ちたい思いは伝わってきた。ただ、勝負はそれだけでは足りない。「アドレナリンがあふれ出て怖い」「自分の走りができるか」「負けてしまわないか」-。最初から自分のことを考えるだけでなく、相手という存在も受け止めた上で、恐怖や緊張、孤独を乗り越え、準備してきた者は顔つきが違う。雰囲気は決して柔らかくない。奥底にある野性がにじみ出て、「目」が座ってくる。その部分で日本の若いスプリンターたちには、まだそこまでの葛藤を経た跡がうかがえなかった。僕から見ると「目」が粋がっていた。

 勝負には「勝つ喜び」と「負ける怖さ」が表裏一体として存在する。その両方を引き受けない限り、まず勝てない。そして、真の勝者にも敗者にもなれない。ラグビーワールドカップの表彰式が一つの例だろう。決勝で敗れたイングランドの選手たちは銀メダルを首に掛けるのを拒んだり、すぐに外したりした。これは「負ける」という覚悟がなかった状態だ。もし負けることの恐怖も覚悟し、乗り越えて臨めていたのなら、相手も同じように乗り越えてきたはずだと想像が及ぶ。そうして勝利をつかんだ相手に対しては自然と敬意が湧いたはずである。

 試合までの準備を100%できていれば、いざ勝負の場に立ったときには淡々としていられるものだ。全てをやり尽くした自信に支えられ、現実的な戦いに冷静に没頭できる。だから、レースの全てが鮮明にドラマチックになる。

 時代に逆行しているかもしれないが、究極的にものを言うのは気合と根性だ。機械は持ち得ない、人間だけが備える力。普段は眠っている力だ。僕が2003年パリ世界陸上200メートルで銅メダルを取れたのは、常に葛藤を内に抱え、悩み、自分で決めた練習を完遂できるタイプだったからだと思う。いかに自分自身と競技と深く向き合い、濃密な毎日を積み重ねられるか。SNSで「いいね」を集めて自分を慰めている暇はトップアスリートにはない。

 決して今の選手に気合や根性が足りないと言っているわけではない。気合と根性は数値で示せるものでないし、一歩間違えばパワーハラスメントになってしまう。故になかなか他人に伝えられない。伝えにくいこと、伝えにくい時代だからこそ、逆に「気合」と「根性」について改めて考え直したらいいのではないかと思っている。

(陸上世界選手権200メートル、北京五輪400メートルリレーメダリスト)

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