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パラ水泳に携わり28年「障害者と共存できる環境を」 浜松市の伊藤裕子さん

ぺんぎん村水泳教室で指導する伊藤裕子さん=6日、浜松市中区の市北部水泳場(石原颯撮影)
ぺんぎん村水泳教室で指導する伊藤裕子さん=6日、浜松市中区の市北部水泳場(石原颯撮影)
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 長年にわたり、静岡県内の障害者スポーツの発展を草の根から支えてきた人物が浜松市にいる。平成5年創立の「ぺんぎん村水泳教室」の伊藤裕子さん(57)だ。東京パラリンピックの開催が刻々と近づき、従来になくパラスポーツの注目が高まる中、「障害者と健常者が共存できるスポーツ環境を作りたい」と意気込む。(石原颯)

 「水の中で笑わない子はいない」

 26年にわたり障害者へ水泳を教えてきた伊藤さんはこう語る。障害の種類を問わず集まるぺんぎん村には現在約110人が参加。市内3カ所の水泳場でそれぞれ週1回開催する教室には4歳から40代まで幅広い年代が集い、生徒からは笑顔がはじける。

 小学校1年生の頃から教室に通う村松諒さん(29)はこの教室に入り、日本代表として世界大会にも出場するまでに成長した。母、久美さん(58)は「体が丈夫になり、集中力も増した」と話す。「当時は障害者が集まって習うような社会ではなかった。感謝してもしたりない」と話す。

 転機は当時、勤めていた民間のスイミングスクールに車いすに乗った一人の少年が訪れたことだった。「入会したい」。現場では十分に安全を確保できると判断し、一旦は受け入れたが、上司へこの話が伝わると一転。「菓子折りを持って謝ってこい」と告げられた。

 納得できなかった伊藤さんは電話帳でスイミングスクールを片っ端から調べ、受け入れ先を探った。しかし、車いすの障害児を受け入れるスクールは見つからなかった。

 「障害を持っているとスポーツはできないのか」-。伊藤さんは休日に市民プールで自ら指導を始めたところ、関係者の間で口コミで広がり、あっという間に参加者は20人に膨らんだ。「ニーズはある」と確信した伊藤さんは勤めていたスクールを退職し、平成5年に有料会員制でぺんぎん村を立ち上げた。当初は「障害者から金を取る団体」という批判もあったというが、一人一人に寄り添い「プロとして教えていく」ことにこだわった。

 パラリンピックの知名度も高くなく、障害者がスポーツをすることになかなか理解を得られなかった時代。自身が専門として学んだベビースイミングの知見などをベースに身体、知的障害などさまざまな障害を持つ子供に対し、個性に合わせた指導を磨き上げていった。「『しっかり掻く』といって通じなくても『砂をかき集めるように』といえば通じる子もいる。どういう表現を使えば通じるかが指導の鍵」という。

 北京パラの50メートル平泳ぎで金メダルを獲得した鈴木孝幸(32、ゴールドウィン、浜松市北区出身)は教え子。水と触れ合うことから「一つずつ勉強して共に成長した」と振り返る。

 平成28年、障害の有無にかかわらずスポーツを楽しめるようにメディカルフィットネスクラブ「LEN(レン)」を設立。障害者のみならず、健常者も受け入れ、共生できるスポーツクラブだ。個人で利用できるジェットプールに加え、体が不自由でも動かしやすい米国製のマシンを用意したトレーニングルームなど個別のニーズに対応した施設となっている。また、子供たちにバリアフリーへの理解を促そうと、施設内にはクイズ形式の張り紙を張るなどの工夫を凝らす。

 伊藤さんは「将来を担う子供たちが一緒に頑張っている姿を見れば、障害者のことが身近に感じてもらえる社会になるのではないか」と力を込めた。

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