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【ラグビーを書く】王様とそろばんと南の島の選手たち 別府育郎

ラグビーW杯日本大会で客席に向かっておじぎするトンガ代表=えがお健康スタジアム
ラグビーW杯日本大会で客席に向かっておじぎするトンガ代表=えがお健康スタジアム
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 中野氏が「恐れながらそれは、国王の指導法が悪いのではないでしょうか」と切り出すと、さすがに国王は「それならあなたがやってみろ」と答えた。

 こうして中野氏は本格的にトンガでのそろばん指導に乗り出し、トンガ珠算教育協会名誉副会長を委嘱された。会長には、中野氏を国王に引き合わせた功績から、ナ氏が就任した。順調な指導の成果に気をよくした国王はさらに中野氏に、大東文化大での留学生の受け入れを要請した。

 中野氏が心配したのは、南方系特有の強いホームシックだった。そろばん以外に何か打ち込めるものがあれば、それも団体競技ならよりいいと、「ラグビーができる子」と条件をつけた。こうして選ばれた一期生が後に日本代表として桜のジャージーを着るホポイ・タイオネとノフォムリ・タウモエフォラウだった。

 二期生には宿沢ジャパンのナンバー8としてスコットランド戦大金星の立役者となったシナリ・ラトウや俊足ウイングのワテソナ・ナモアがいる。

 トンガにおける留学のランクはオックスフォードとケンブリッジに大東文化大学が並び、実際にホポイはオークランド大の医学部を蹴って大東大に進み、ナモアは全トンガの高校生で成績がトップだったという。

 こうしてトンガ選手の日本での成功がサモアやフィジーからの選手の来日を後押しし、日本の社会や文化に魅入られた多くの選手が長期の滞在を経て、帰化するようになった。それが現日本代表の礎である。ホポイやノフォムリの奮闘が、現在のリーチやマフィの活躍に、連綿と続いている。(別府育郎)

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