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【ラグビーを書く】王様とそろばんと南の島の選手たち 別府育郎

ラグビーW杯・日本対サモア戦 前半 トライを決める日本のラファエレ・ティモシー=5日、豊田スタジアム(山田俊介撮影)
ラグビーW杯・日本対サモア戦 前半 トライを決める日本のラファエレ・ティモシー=5日、豊田スタジアム(山田俊介撮影)
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 ラグビーのワールドカップは日本代表の快進撃もあり、大いに盛り上がっている。日本代表はロシアとの初戦を制し、優勝候補の一角アイルランドを逆転し、南海の雄サモアのパワーに苦しめられながら、最後はボーナスポイントを手にする4トライ目で激戦を制した。

 サモアの代表は登録31人中30人までが欧州、ニュージーランド、豪州、日本などを舞台に活躍するプロ選手だ。レジェンドと呼ばれる司令塔のトゥシ・ピシや切り札のナナイウィリアムスは日本のトップリーグでもおなじみの選手。逆にサモア戦でトライを挙げた日本のラファエレは、サモア出身の選手だ。

 世界のラグビー界を席巻しているのは今や、サモア、フィジー、トンガといった南海の島国にルーツがあるアイランダーたちである。日本代表の強化もこのアイランダーとの融合がもたらした効果が大きい。

 そのきっかけは、そろばんが作った。

 話は、昭和50年にさかのぼる。38年に創部した大東文化大学のラグビー部は49年に悲願の関東リーグ戦初優勝を果たした。そのご褒美に翌年、ラグビー部はニュージーランドに遠征した。引率は当時のラグビー部長、中野敏雄教授である。後に名部長とうたわれる中野氏も当時は新任、ラグビーに関しては素人で、興味もない。遠征の帯同はたいくつで、大学に内証で逃避行を決め込み、南海の楽園トンガ行きの飛行機に乗り込んだ。以下は、中野氏に聞いた話による。

 飛行機で隣り合わせた紳士が、ため息ばかりついている。聞けば紳士はトンガの文部次官、ナ・フェイフェイ氏といい、彼が愚痴るところによれば「局長以上の高官は年に一回、宮廷で相撲を取らされ、そろばん大会に参加させられるのです。それが憂鬱で」とのことだった。

 親日家でなった国王、トゥポウ4世の趣味と信念である。ちなみにトゥポウ4世は190センチ、200キロの巨漢で「世界一大きな王様」としても有名だった。

 中野氏の専門は商業簿記で、実弟は中野珠算塾の塾頭だった。「実は私もそろばんの指導者でして」と名乗ると、ナ氏の顔色が変わった。喜色満面である。

 中野氏がトンガのホテルに到着すると、すぐに王宮から大型車が迎えに現れ、そのまま国王に謁見することになった。国王とのそろばん談義は予定時間を過ぎても一向に終わらず、今度は国王の愚痴を聞くはめになった。「私も小学校を回って指導するのだが、どうもわが国の子供は覚えが悪い」

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