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【ラグビー私感】この一戦に命を懸けろ 林敏之さん

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スコットランドとのテストマッチでトライを決める林敏之さん(中央)。左は大八木淳史さん=平成元年5月28日、東京・秩父宮ラグビー場
スコットランドとのテストマッチでトライを決める林敏之さん(中央)。左は大八木淳史さん=平成元年5月28日、東京・秩父宮ラグビー場

 W杯日本大会、1次リーグでジャパンが3戦3勝。これだけの盛り上がりをだれが予想できただろう。

 1987年、ニュージーランド・オーストラリア共催の第1回W杯で主将を務めた。W杯? そんなものができるんだ。驚きが先に立ち、ゲームフィットネス(試合に適した身体能力・心肺機能)という言葉も知らず、ピークを合わせるという概念もなく、W杯の戦い方も分からなかった。

 メンバーは選手26人にスタッフ4人の計30人。アマチュアリズムの強い中、短い合宿しかできず遠征前も残業が忙しい時代だった。アメリカ、イングランドに敗れ、残るは当時最強だったオーストラリア。下手な試合をしたら日本へは帰れない。練習後のミーティングでは感情が高ぶり、毎回涙ながらに話をした。結果は23-42。当時のわれわれにできる限りの試合だった。

 あれから32年。ラグビーW杯は五輪、サッカーW杯に並ぶ世界3大スポーツイベントの一つになった。経済効果は4300億円超。50万人超が来日し、40億人がテレビを見る。

 さまざまな人たちが日本ラグビーの歴史と思いをつないできた。W杯日本開催を実現させるため、どれだけ多くの人が尽力したことか。13日のスコットランド戦、この一戦で日本ラグビー、いやアジアのラグビーの未来が変わる。桜のジャージーを託される人間はその使命を感じ、文字通り命を使ってほしい。

 「力は使命の観より発す」。人は、最高の意味や価値を感(観)じたときに使命感が生まれ、それが力の源泉となる。この一戦に命を懸けろ。ラグビーをやる人間にとって、これほど名誉なことはない。(昭和57年度同志社大卒、元日本代表)

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