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【ラグビー私感】「前向き」なら必ず道は開ける 若林俊康さん

俊足のウイングとして活躍した若林俊康さん。慶応大3年時には日本選手権決勝で日本一となる原動力になり、4年時には主将も務めた=昭和61年1月
俊足のウイングとして活躍した若林俊康さん。慶応大3年時には日本選手権決勝で日本一となる原動力になり、4年時には主将も務めた=昭和61年1月

 ラグビーW杯もいよいよ佳境に入ってきた。日本はロシア、アイルランド、サモアを立て続けに破って3連勝。最終戦のスコットランドも倒し、4連勝で史上初のベスト8を目指してほしい。応援している。

 私は54歳になった。ラグビーだけにほとんどの時間を費やしていた大学時代は、32年も前のことになる。高校からラグビーを始めた私は慶応大でもラグビーを続け、先輩や後輩、同期に恵まれ、幸運にも在学中にトヨタ自動車を破り日本一になることもできた。すばらしい仲間たちは私の誇りであり、一生の宝だと思う。

 そんな仲間たちとラグビーをやり切った思いで三菱地所に勤め、週末だけラグビーを楽しむ生活に変わった5年目の秋、試合中のけがが元で右半身不随と失語症になった。慶応の「地獄の練習」の経験があったので、身体的リハビリは問題なかったが、失語症は大きな壁だったし、実はまだ克服できていない。

 しかし、失語症もリハビリ次第では治ると思っている。新潟リハビリテーション大学の言語聴覚士、D先生には今でもお世話になっているが、おかげで言いたいことがだいぶ言葉にできるようになった。妻とともに小学校や中学校でお話をさせていただいたり、「ようこそ先輩」として母校の小学校で5、6年生を対象にミニラグビーをするという貴重な機会もいただいた。本当にありがたい。

 人生は何が起こるかわからない。大けがを経て、いまなお生かされている私が言えることは、ラグビー同様「前向きに」ということだ。100%ではなくてもいい。前向きに生きていれば、必ず道は開ける。(昭和61年度慶応大卒)

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