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【大相撲徳俵】前代未聞、台風で15力士遅刻 満員電車で場所入り、過去にはパトカー先導も

 千葉県鎌ケ谷市の朝日山部屋は、序ノ口と序二段の4力士が間に合わなかった。師匠の朝日山親方(元関脇琴錦)によると、力士の親に車を出してもらい、国技館まで送ってもらったという。同部屋の序ノ口、安芸錦は「不戦敗に初めてなったと思った。(相撲を)取らせてくれた協会に感謝したい」と話した。

 朝日山親方は午前10時ごろから審判業務があり、一足早く車で出発して間に合った。「ほっとしている。無事に終われてよかった。(力士を)ホテルに泊まらせても良かったかもしれない」。二子山など一部の部屋は力士をホテルに泊まらせ遅刻を回避していた。もっとも、ここまでの混乱は予想しづらく、難しい判断だったに違いない。

 過去にも自分の取組に間に合わなかった力士は多数いる。不戦敗になったり、後日に振り替えられたり。遅刻の理由や状況によって、さまざまな措置がとられている。

 協会に残っている資料によると、昭和36年名古屋場所では、大雨のために名古屋鉄道の金山-新舞子間の電車が単線運転となり、春日山など5部屋の幕下以下力士を取組から抜いて、翌日に振り替えた。一方、59年初場所では大雪が降り、3人の力士が間に合わず、不戦敗となっている。

 交通渋滞に巻き込まれ、冷や汗をかいた力士も。昭和53年秋場所で当時前頭4枚目だった魁傑(元大関)は車を降り、自転車を借りて疾走したが、土俵入りに遅刻した。56年春場所では当時関脇の琴風(元大関)が遅刻しそうになり、パトカーの先導を受けてなんとか間に合ったという。

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