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役割は切り込み隊長 「日の丸飛行隊」の金野氏逝く

冬季札幌五輪70メートル級ジャンプで表彰台を独占した(左から)銀の金野昭次氏、金の笠谷幸生氏、銅の青地清二氏=1972年2月、宮の森
冬季札幌五輪70メートル級ジャンプで表彰台を独占した(左から)銀の金野昭次氏、金の笠谷幸生氏、銅の青地清二氏=1972年2月、宮の森
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 「日の丸飛行隊」の1人、金野昭次さんが5日、75歳で亡くなった。1972年札幌五輪のスキー・ジャンプ70メートル級で銀メダル。優勝して日本初の冬季五輪金メダリストになった笠谷幸生さん(76)は「私にはまねのできないジャンプだった」と振り返った。

 同大会のジャンプ代表は脂が乗った20代後半がほとんど。笠谷さんは「自分の役割をしっかり守れる人が集まった」という。日本で1番手の金野さんは1回目に82・5メートルと距離を伸ばし「切り込み隊長」と呼ばれた。

 162センチ、53キロ。「カミソリ」と表現された鋭い踏み切りから低い飛行曲線を描いた。引退後はジャンプ台整備などの裏方でスキー界を支えた。同連盟の斉藤智治常務理事(63)は「助走路が雪面だった時代、踏み切りの角度は金野さんのOKをもらうまで調整した」と懐かしんだ。

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