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【パラ馬術】稲葉選手が大会最高点をマーク 吉越選手は初のパラ出場権獲得

馬場へ向かう稲葉将選手とピエノ号
馬場へ向かう稲葉将選手とピエノ号
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 パラ馬術の国際競技会「CPEDI3★(スリースター)Gotemba 2019 Summer」が「JRAD(日本障がい者乗馬協会) 国内競技会PartII」を兼ねて6月7~9日、静岡県の御殿場市馬術・スポーツセンターで開催された。今大会は来年に控えた東京パラリンピック日本代表人馬の選考対象になっており、出場を目指す10人馬が優美な技を披露した。

 パラ馬術は、パラリンピックで唯一、馬を扱う競技。運動するエネルギーを馬が担い、馬のコンディション作りやリズム、バランスは乗り手が担うとの考え方から男女混合で競う。3種目が行われるオリンピックの馬術とは異なり、馬の動きの正確さや美しさ、人馬一体の様を競う馬場馬術(ドレッサージュ)種目のみが行われる。出場要件は肢体に不自由があるか、視覚障害があること。

 今大会では、初日に規定演技を行う「チームテスト」、2日目に「インディビジュアルテスト」、最終日に各自で制作した楽曲に合わせて演技を組み合わせていく「フリースタイルテスト」の3競技が実施された。チームテストとインディビジュアルテストは、静寂のなかで行われ、馬場内の定められた地点を移動する。その際の歩様、歩度などの動き、動きで円を正確に描くこと、立ち止まった際の足のそろい方や馬の頭の位置・向きなど細かい点までが採点対象となる。フリースタイルテストは、演技の際に流す楽曲や演技の内容は各選手に委ねられているが、あらかじめ決められた動作を演技のなかに盛り込む必要がある。

 障害の程度に応じて5つのグレードに分かれて競技を行う。グレードにより乗り手に求められる身体技術や馬場の広さが異なる。最も障害が重いグレードIは常歩(なみあし)のみ、グレードII・IIIで常歩と速歩(はやあし)で、I~IIIの馬場の広さは20×40メートルの長方形。視覚障害者や障害の程度が軽いグレードIV・Vは常歩・速歩・駈歩(かけあし)の3種を組み合わせた演技を20×60メートルの馬場で行う。

馬場の周囲を回る吉越奏詞選手とバイロンエイティーン号
馬場の周囲を回る吉越奏詞選手とバイロンエイティーン号
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 人馬が演技を披露する馬場の周囲は埒(らち)と呼ばれる低い柵で囲まれ、柵の外側にはアルファベットが記入された定点が置かれている。「B→E→Xの順に常歩で」など規定のコースを、馬をコントロールしながら進む。

 今大会では国際馬術連盟(FEI)から派遣された3人の外国人審判が採点を行った。スコアは各審判員が付けた点数を満点で割った得点率で表現される。東京パラリンピックに出場するためには、今大会のような国際大会において人馬セットで62%以上をマークすることが最低基準になっている。62%以上の選手の中から、上位4人が出場権を得る。ただし、パラリンピックでのチームテストは各国対抗で点数を競うため、公平を期すため4選手のなかに最低1人グレードI~IIIの選手を含まなければならない。

 さらに、パラ馬術では選手に協力するスタッフを配置できる。頭部外傷などにより脳に障害があり、経路を覚えられない記憶障害がある場合、コマンダーと呼ばれる指示係が馬場外から経路を伝える。また、視覚障害がある場合、コーラーが定点の位置を声で知らせる。スタッフは選手側が用意するので、チームワークもみどころの一つとなっている。

稲葉将選手が大会最高点をマーク

 グレードIIIで24歳の稲葉将選手(静岡乗馬クラブ/シンプレクス)とピエノ号は、「チームテスト」で63.970%、「インディビジュアルテスト」で63.824%を得点し、出場者のなかで唯一、最終日のフリースタイルに駒を進めた。今大会では、チームテストとインディビジュアルテストの平均点で60%を出した選手のみがフリースタイルテストに出場できる。

 フリースタイルテストは、曲開始前の余白15秒が何らかの手違いでスキップされてしまい「馬場までの距離があったので焦ってしまった」と振り返る。日本障がい者乗馬協会の三木則夫パラ馬術強化本部長が「冷静沈着な選手」と評する稲葉選手はハプニングを乗り越え、美麗な演技で審判員と観客席を魅了し、66.633%と今大会の最高点をたたき出した。

フリースタイルテストで優勝した稲葉選手(左から2番目)と審判員ら
フリースタイルテストで優勝した稲葉選手(左から2番目)と審判員ら
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 フリースタイルテストの終了後、狙いを問われると「(フリースタイルテストを迎える前の)2日間でアドバイスされたことが少しでも良くなるように心がけた」と高い上昇志向を垣間見せる。「パラ馬術は、他人から見ての評価が大事だという側面もある。周りの方々、普段お会いする機会が少ない関係者の方々からも評価していただけて、すごくうれしい」と目を赤くして話した。

 だが、「3月の大会よりスコアを2%アップさせるという目標を達成できなかった」と自身への評価は厳しい。日々の練習では、馬とのコミュニケーションも良好であり、手応えを感じているものの「成果がスコアに表れていない」と悔しさをにじませる。

 馬術は発祥の地でもある欧州が世界トップ選手を数多く擁している競技だ。競技のための馬の頭数でも、日本は大きく引き離されており、技術の面でも世界トップレベルとの差は依然として埋められていない。だが、三木強化本部長は「今回の稲葉選手の競技を見て、世界トップレベルにも十分に届き得るとの感触を得た」と手応えを感じている。

演技を終え、ピエノ号をねぎらう稲葉選手
演技を終え、ピエノ号をねぎらう稲葉選手
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 次のパラ馬術の国際大会は10月。稲葉選手は、それまでに新たな馬を1頭迎えて臨むつもりだという。「3、4カ月練習して、今回よりも、いい得点を出したい」と話し、「馬術はマイナースポーツ。だけど、東京パラリンピックでは馬術を知らない人も驚くような成績が残したい。そうしたら、選手の今後の環境もよくなっていく。来年の活躍をきっかけに、パラ馬術の環境を変えていきたい」と意欲を見せた。

吉越奏詞選手が東京パラリンピック出場の最低基準突破

 グレードIIで18歳の吉越奏詞選手(成田乗馬クラブ)とバイロンエイティーン号は、東京パラリンピック出場の最低基準となる62%を初めて突破した。

 チームテストで56.515%、インディビジュアルテストで63.432%と、惜しくも平均点が60%に届かず、フリースタイルへの進出は逃した。吉越選手は、今回騎乗したバイロンエイティーン号について「初めてコンビを組む馬。オリンピックに出場しても遜色ないほどのクオリティーの高さだが、コンビネーションの難易度も高い。落ち着いて演技をすれば高得点を狙える」とする一方、「今回は自分が落ち着けていなかったので、馬にも動揺が伝わってしまい、点数が下がってしまった」と肩を落とした。

高得点狙うには、多額の出費伴う側面も

 バイロンエイティーン号は吉越選手が期間契約している馬で、今大会で契約期間が切れるという。

 三木強化本部長は「東京パラリンピックに向け、吉越・稲葉両選手の馬は替えて挑戦していきたい」と話す。三木強化本部長が「馬ごとにポテンシャルや限界値は決まっていて、常足、速歩などの質の差はトレーニングなどでは到底埋め合わせることができない」と説明するように、世界トップ選手と渡り合うためには、自分に合った質の高い馬とコンビを組む必要がある。

石井直美選手とゴールドティア号
石井直美選手とゴールドティア号
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 一方、パラリンピックに出場できるほどの優秀な馬は値が張るという事実もある。今大会にグレードVで出場した石井直美選手(東京障害者乗馬協会/サンセイランディック)によると、1頭あたり「車1台ではきかない。家が買えるほど」の値段がつけられているという。

 元日本中央競馬会(JRA)騎手の高嶋活士(かつじ)選手(ドレサージュ・ステーブル・テルイ/コカ・コーラボトラーズジャパン)も、「競馬と比べ、お金の動きは大きく異なる」と費用を工面する大変さを異口同音に述べた。高嶋選手は2013年に行われた障害レース中の落馬事故による脳挫傷で右半身にまひが残った。その後、パラ馬術に転向。昨年10月に国内で開催された国際大会ではフリースタイルテストに出場するなど、活躍中の選手だ。

 選手らにとって自身の馬を持つことは大会で好成績を収めるために必要だが、費用の面から馬の所有に慎重にならざるを得ない背景がある。

高嶋活士選手とケネディーH号
高嶋活士選手とケネディーH号
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 吉越選手は、今大会の前にオランダ/ドイツ/ベルギーの3国を3カ月で回るなど、欧州で質の良い馬を探しつつ、トップレベルの選手らの技術を見学した。オランダで出合った10歳のエクセレント号を日本に呼び寄せ、「心を通わせて、10月の大会に備えたい」としている。

 馬に乗っているときは、笑顔を絶やさない吉越選手。馬に乗っていることが楽しい様子が観客席にまで伝わってくる。演技中は真剣な表情を見せるが、演技が終るとすぐに笑顔になり、馬の首をやさしくポンポンとなでてねぎらう。

 吉越選手は、先天性の脳性まひで、リハビリの一環として幼い頃に乗馬を始めた。以前はグレードIの選手だったが、乗馬によって身体機能が回復し、グレードIIとなった経緯がある。「馬には本当に感謝している」と話す吉越選手は、「時間を掛ければかけるほど人馬一体に近づいていく。東京パラリンピックではメダルを取れるように早く馬とコンビを組み、少しでも上を目指したい」と強い気持ちで来年に臨む。

馬術の観戦は静かに

 東海地方は大会初日の6月7日に梅雨入り。この日は馬場の屋根に打ち付ける雨音で馬が落ち着かず、棄権となった選手がいた。馬は非常に敏感な動物で、カメラのフラッシュはもちろん、レンズズームの際のモーター音にも反応する。また、いつもと違う大会会場の馬場や大勢の観客に緊張している。観戦者には競技中、静寂を保つことが求められる。

 今大会は国際大会という位置づけだが、国内の大会では、海を越えて馬が移動する際に必要となる検疫などの規定により、日本の選手のみの出場となっている。(フジテレビ)

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